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大相撲発展に大きな功績…“鬼とマムシ”にファン熱狂

[ 2010年9月1日 19:58 ]

 花田勝治氏は1950年代後半から横綱初代若乃花としてライバルの横綱栃錦とともに「栃若時代」を築いた。ともに小兵ながら大型力士をなぎ倒す姿にファンは熱狂。低迷していた相撲人気を復活させた。その後の角界発展につながる大事な礎を作ったともいえる。

 戦後、生活の苦しい一般市民に大相撲という娯楽に目を向ける余裕はなく、大横綱双葉山が活躍した戦前に比べて注目度は落ちていた。そこに2人が登場した。1人は3時間もほかの力士にけいこをつけるなど「土俵の鬼」と呼ばれた若乃花。もう1人が勝負への執念と多彩な技で「マムシ」の異名を取った栃錦だった。
 大相撲のテレビ中継が53年に始まり「テレビさじき」の言葉ができた。当時を知る相撲記者によると、かつての蔵前国技館は人であふれ返り、鉄骨によじ登った見学者までいた。先に角界入りした栃錦は54年秋場所後に横綱に昇進。若乃花も58年初場所後に最高位に就いて栃若時代が本格的に到来。その後は毎場所のように優勝を争った。
 中でも語り草になっているのが60年春場所。史上初の横綱同士による千秋楽全勝決戦となった。大一番の前夜、極度の緊張に襲われた若乃花が気分転換に入った映画館で栃錦の姿を見つけたというのは有名な逸話だ。結果は若乃花が勝ち、初の全勝優勝を果たした。
 功績で見逃せないのは、のちに横綱となる大鵬、柏戸ら次世代の若手をきちんと育てたこと。戦後の黄金期を立派に務め上げた後は「柏鵬時代」を導き、相撲人気の引き継ぎに成功しながら一時代を終えた。

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