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「鎌倉殿の13人」さらば義経!最期まで“戦神”鎌倉幕府滅亡の日に予言?ネット号泣「神回」ロス広がる

[ 2022年5月22日 20:45 ]

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第20話。弁慶の戦いぶりを喜々とうかがう源義経(菅田将暉)。最期まで“戦神”だった(C)NHK
Photo By 提供写真

 俳優の小栗旬(39)が主演を務めるNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(日曜後8・00)は22日、第20話が放送され、俳優の菅田将暉(29)が圧倒的な存在感を示してきた天才軍略家・源義経の最期が描かれた。菅田が新しい義経像を体現。オンエア終了後、SNS上には悲しみの声があふれ返り、瞬く間に「義経ロス」が広がった。また、この日は旧暦ながら鎌倉幕府が滅亡した日(1333年、元弘3年)。義経が鎌倉攻めの策を明かすストーリー展開と重なり、驚きの声も上がった。

 <※以下、ネタバレ有>

 本格初登場した第8話(2月27日)。不意打ちの残忍さと、本能のまま寄り道するような無邪気さが同居。SNS上には「ヤバい奴」「サイコパス」「異常にかわいい」などの声が相次ぎ、予想外の新しい義経像がいきなり注目を集めた。

 兄・源頼朝(大泉洋)の挙兵に駆けつけ、劇的な対面。義円(成河)への嫉妬など、頼朝らも手を焼く“問題児”だったが、戦となると恐るべき才能を発揮。「一ノ谷の戦い」「屋島の戦い」「壇ノ浦の戦い」と次々と奇跡を起こし、木曽義仲(青木崇高)を討ち、平家を滅ぼした。

 しかし「義仲も死に、平家も滅んだ。この先、私は誰と戦えばよいのか。私は戦場(いくさば)でしか、役に立たぬ」――。虚無感に襲われた。「検非違使」「腰越状」と頼朝とは行き違いが続き、後白河法皇(西田敏行)と源行家(杉本哲太)に翻弄され、望まぬ頼朝討伐の挙兵。九州へ逃げ落ちたと伝わった後、義経と再会した北条義時(小栗)は「九郎殿は、真っすぐすぎたのです。うらやましいほどに」――。

 平宗盛(小泉孝太郎)平清宗(島田裕仁)父子にかけた情、藤平太(大津尋葵)との里芋の約束を果たした義理。義経の終盤、それまでのイメージは反転し「判官贔屓」に傾いた。

 稀代の喜劇作家・三谷幸喜氏が脚本を手掛ける大河ドラマ61作目。タイトルの「鎌倉殿」とは、鎌倉幕府将軍のこと。主人公は鎌倉幕府2代執権・北条義時。鎌倉幕府初代将軍・源頼朝にすべてを学び、武士の世を盤石にした男。野心とは無縁だった若者は、いかにして武士の頂点に上り詰めたのか。新都・鎌倉を舞台に、頼朝の13人の家臣団が激しいパワーゲームを繰り広げる。三谷氏は2004年「新選組!」、16年「真田丸」に続く6年ぶり3作目の大河脚本。小栗は8作目にして大河初主演に挑む。

 第20話は「帰ってきた義経」。京を離れ、奥州へ逃れた源義経(菅田)。しかし、温かく迎え入れてくれた奥州の覇者・藤原秀衡(田中泯)が程なく天へ旅立つ。これを知った北条義時(小栗)は状況を探るため平泉行きを志願するが、義経の才を恐れる源頼朝(大泉)は藤原国衡(平山祐介)泰衡(山本浩司)兄弟の仲の悪さにつけ込み、義経を討つように冷たく命じる。八重(新垣結衣)に見送られ、平泉へと発つ義時。一方、捕らわれた静御前(石橋静河)は…という展開。

 義時は同行した善児(梶原善)とともに頼朝の策を実行。わざと義経に静御前の“悲劇”を伝え、戦を望まぬ泰衡を「(義経の)鎌倉への憎しみが、抑え切れぬところまで膨らんでおられます。国衡殿と図って、挙兵を。手は一つ。九郎殿の首を取り、鎌倉殿に送り届ける。それより道はありません。鎌倉勢が攻めてくれば、平泉は火の海。たとえ九郎殿がいたとしても、守り切れるものではござらぬ。四代にわたって栄えてきたご一門を、ご自分の代で途絶えさせてしまってもよろしいのですか」と焚きつけた。

 泰衡軍が衣川館に迫る。鎌倉へ帰る義時を弁慶(佳久創)が呼び止め、衣川館に連れてくる。

 義経「泰衡の手勢が来ている。おまえが一枚噛んでいることは分かっておる。私は人を信じすぎる。そう言ったのはおまえだ。あれから私も賢くなった」

 弁慶「(武装し)これでどうですか」

 義経「いいねー!どうしておまえが静の話をしたのか、不思議だった。つい口にしてしまった様子だったが、あれは芝居だ。敢えて私にそれを伝え、兄上に対する憎しみを募らせる。私に鎌倉憎しの思いがなければ、泰衡も兵を出すわけにはいかないからな。(弁慶の武装に)いいじゃないかー」

 弁慶「大丈夫ですかね」

 義経「(泰衡軍が穴に落ち)はっはっは。よし、今だ」

 弁慶「行って参ります」

 義経「武蔵坊!世話になった」

 弁慶「やめてください(泰衡軍を迎撃に出る)」

 義経「あいつがしばらく、時を稼いでくれる。自分の手は汚さず、泰衡に私を討たせる。兄上の考えそうなことだ」

 義時「それが分かって何故」

 義経「そこまで兄上にとって私は邪魔なのか。そう思うと、どうでもよくなった。この首で、平泉が守れるなら、本望だ(笑み)。見せたいものがある。ここに来てから、いかに鎌倉を攻めるか、色々考えた(地図を広げる)。まずは定石通り、北から攻める構えを見せる。見せるだけだ。鎌倉勢は当然、鎌倉の北に兵を出して迎え撃とうとする。そこで、南側の海だ。平泉は北上川から直に舟を出せる。まさか我らが舟で攻めてくるとは思っていないだろう。ガラ空きの鎌倉の浜に乗りつける。北にいた兵が慌てて戻ったら、それを追い掛け、そのまま鎌倉全体を包囲。すべての切り通しを塞ぎ、袋の鼠にしてから、町に火を放つ。どうだ?」

 義時「素晴らしい…。ただ…」

 義経「どうぞ」

 義時「船団が鎌倉の海に入る時、どうしても三浦の岬から丸見えになります。これはどうされますか」

 義経「三浦を味方につけておく。親父ではなく息子の方だ。あいつは損得の分かる奴だからな」

 義時「恐れ入りました」

 義経「(文を取り出し)ここに仔細を書いておいた。鎌倉に届けてほしい。梶原景時、あの者なら、きっとこの策の見事さを分かってくれるはずだ。(弁慶が戦を始める様子をうかがい)武蔵坊、耐えてるなぁ。行っていいぞ。来た道を通っていけ。(弁慶の奮戦に笑み)いいねぇ~。はっはっは。お~」

 鎌倉御所。梶原景時は義経の文を受け取り「この通り攻められたら、鎌倉は間違いなく滅びていたことだろう」。義時と再会した際、「私はもう、戦をするつもりはない。案ずるな。ただし、平泉に手を出してみろ。決して許さない。その時は、鎌倉が灰になるまで戦ってみせる。帰って兄上にそう伝えろ」と語っていた義経。最期まで“戦神”だった。

 SNS上には「魂が抜ける、ボロ泣き神回だった」「菅田義経、登場から最期まで圧巻でした。涙が止まらない」「とにかく号泣回でした…。菅田将暉さん演じる義経、もっと見ていたかったので、弁慶とのシーン多めでスピンオフ是非…」「最後の最後まで生き生きしてて、あの無邪気に話すシーンからもう涙止まらなかった。ロス。菅田義経お疲れさまでした」「いつの間にか、こんなバーサーカーでサイコパスな九郎を愛してしまっていたよ、私」「義経のイメージを心地よく爽やかに裏切りながら、日本人は義経が好きというセオリーは裏切らない絶妙な作りでした」「今回はちょっとした神回だったな。しかし、大河史上屈指の静御前と、こんなの初めてな衣川の戦い」などの声が続出。視聴者の涙を誘った。

 また、5月22日は旧暦ながら鎌倉幕府が滅亡した日(1333年、元弘3年)。偶然か、三谷氏の狙いか。「義経に鎌倉幕府の滅亡を予言される脚本。本気でヤバい」「今日は奇しくも鎌倉幕府滅亡の日。その日に源義経が鎌倉の攻略法を北条義時に説くという歴史の因果」「まず北から鎌倉の山側を攻め、その陰で海から別動隊が進攻、挟み撃ちで滅ぼす。そう義経が嬉々として語り、梶原が鎌倉滅亡間違いなしと太鼓判を押したこれ…150年後に新田義貞が講じたのと同じ策。そして今日は5月22日、その策で鎌倉幕府が滅びた日。三谷さん、狙い通りでしょ」などの声も上がった。

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