青木源太アナ、フリー転身への思い 日テレも妻も粘り強く説得「最終的には背中を押してくれた」

[ 2020年10月21日 20:54 ]

青木源太アナウンサー
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 9月末で日本テレビを退社し、フリーに転身した青木源太アナウンサー(37)が21日、ゲスト出演したTOKYO FM「Skyrocket Company」(月~木曜後5・00)で、退社の理由などについて語った。

 パーソナリティーのマンボウやしろ(44)からフリー転身の理由を聞かれると、「30代のうちに専門性を確立して、社内で存在感を発揮して、40、50代は会社の枠を超えて社会に価値を提供できる存在になりたい、というキャリアプランがもともとありまして」と、アナウンサーらしく説得力あふれる返答。がむしゃらだった20代から、30代になって自分の思いを見つめ直し、「伝えるという仕事を一生の生業にしたいという時に、最終的に外に出て勝負したいというのは常々、思っていました」と結論を出したという。

 「会社とは1年以上ずっと話し合いをしてまして」と、長い話し合いの末に退社が決まった。「最終的には背中を押していただいて、レギュラーも2つやっていたんですけど、1つは継続という形で出演させていただいております」。やしろが「本当の円満退社ですね」と感心すると、青木アナは「アナウンサーとして日本テレビという家に生まれ、育ったので、その感謝の気持ちはずっと忘れずに仕事をしていきたい」と誓った。

 フリー転身にあたり、同期の桝太一アナウンサー(39)が相談に乗ってくれたという。「公私ともに仲良くしているので、桝アナにはずっと相談していましたし、話をしていました」と明かし、「引き留めるというよりは、背中を押してくれた。『この人に相談したらいいんじゃないか?』とか、アドバイスをくれたりしました」と感謝していた。

 12年に結婚した妻からは当初、反対されたという。「1つは、スケジュールが分からなくなる。妻も仕事を持って子育てをしていましたから、私のスケジュールが見えなくなることに不安があった。収入面の不安も感じていました」。それでも、粘り強い説得と熱意で、青木の思いを理解してくれたという。「長く時間をかけて夫婦で話し合いました。家庭で大切なのは、僕の仕事だけじゃないですし、妻の仕事もあり、子育てもあり、すべてをひっくるめて相談しました」と明かしていた。

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