「ブルー・コメッツ」ジャッキー吉川さん死去 「ブルー・シャトウ」が大ヒット

[ 2020年4月21日 20:04 ]

「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」の(左から)高橋健二、ジャッキー吉川さん、小田啓義、三原綱木
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 1960年代に活躍したグループサウンズ「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」のリーダーでドラムスのジャッキー吉川(よしかわ、本名板岡公一=いたおか・こういち)さんが死去したことが21日、分かった。81歳だった。東京都出身。マネジャーが19日に群馬県内の自宅を訪れたところ、男性が倒れているのを発見。警察が死亡を確認し、吉川さんとみて身元や死因の確認を進めている。

 吉川さんは一人暮らしだった。2010年に転倒した際、後頭部を強打して脳出血を起こしたが、手術を経て復帰。精力的に音楽活動を行っていた。昨年10月に都内で開かれたライブが最後の活動になった。訃報を受けたベースの高橋健二(81)は「家族よりも長い付き合いだった。今は言葉が見つからない」と絶句。キーボードの小田啓義(80)は「最近も電話で話したが、いつもと変わらない様子だった。次のライブに参加するのを楽しみにしていたのに」と悲しみに暮れ、ギターの三原綱木(74)は「別れは悲しいけれど、きっと天国でドラムを叩くと思います。ボクはしばらくこっちでギターを弾きますが、いずれ向こうにいったら再会して一緒に演奏したいです」と悼んだ。

 吉川さんは1958年にブルー・コメッツに参加。66年にリーダーに就任し、黄金期を築いた。67年の「ブルー・シャトウ」は「森と泉に囲まれて…」のフレーズで一世を風靡(ふうび)。子供たちも「森トンカツ 泉ニンニク…」と替え歌にして口ずさんだ。当時としては異例の100万枚を超えるヒット曲になり、日本レコード大賞を受賞した。66年からは3年連続でNHK紅白歌合戦に出場。美空ひばりのヒット曲「真赤な太陽」のバックコーラスも務めた。

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