国分太一 ジャニーさんは「別れる時間もいっぱいつくってくれた」

[ 2019年7月10日 11:37 ]

ギネスブック2012年版に掲載されたジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長の写真。「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物」の2部門で認定された
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 9日に解離性脳動脈瘤(りゅう)破裂によるくも膜下出血のため87歳で死去したジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長の悲報に接した時について、TOKIOの国分太一(44)が10日のTBS「ビビット」(月~金曜前8・00)で語った。

 事務所関係者から電話連絡が来たのは、亡くなってから3時間以上が経過した午後8時すぎ。間もなく入院していた病院に急行した。病室には、同じ事務所の所属タレントたちも「集まれる人は全員集まったと思います」。タレントでは最年長の近藤真彦(54)を中心に「マッチさんがいるところに何となく、みんな集まって、マッチさんの言葉を待っている感じで。この場に、みんなでいたいという空気の中、思い出を話したりとか」と会話は尽きなかった。

 「泣いているメンバーもいました」という。国分は遺体に寄り添いながら触れていた。アイドルたちが世代を超えて「ジャニーさんの魅力とは」や「やっぱり凄い人だったね」などと語り合いながら別れを惜しんだ。

 ジャニーさんは6月18日に自宅で倒れて緊急搬送。ここからの入院期間は、所属タレントたちにとって「普段はしゃべることがない後輩とか、ここまで深く話すことはなかった先輩とジャニーさんを囲んで『当時はどんな感じだったんですか?』などと…“知らないジャニーさん”の話が聞けた」という3週間だった。国分は「そこもジャニーさんは演出していたのかな。別れる時間もいっぱいつくってくれて」と感謝は尽きない様子だった。

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