戦後70年「守ってきたもの」歌い継ぐ クミコ使命と責任と「祈り」

[ 2015年8月23日 17:15 ]

平和を願う人々の思いを乗せて「INORI」を歌い続けるクミコ

 「INORI~祈り~」など命の歌を歌うクミコ(60)。ステージ上での思いはひとつ、それは「戦争という悲劇を二度と繰り返してはならない」。戦後70年の節目の夏。知らぬ間に忍び寄る漠然とした「危機」を感じる時もある。歌い手として次の世代のために何ができるのか。その大切なメッセージとは。

 8月6日、広島県立総合体育館。「原水爆禁止2015年世界大会」。「原爆の日」の関連イベントで「INORI」を披露した。「広い河の岸辺~The Water Is Wide~」では、会場を埋めた7000人の観客と大合唱になった。マイクを握りながら、いつもより熱い「ヒロシマの夏」を感じた。

 「確かに世の中の空気が変わってきている。漠然と恐れていたことが起きつつある。でも、まだ食い止めることができるはず。だから、どうしても参加したい。あの場にいた人たちは、たぶん、皆さん同じ思いを持っていたんじゃないですかね」

 戦後日本の大きな転換期が訪れようとしている。安倍内閣が憲法解釈を変更して約1年、先月15日には衆議院で安全保障関連法案が強行採決された。絶対に足を踏み込んではならない道。危機感を抱く人たちの抗議のシュプレヒコールは全国で続いている。

 「私の周辺でも“何か危ないんじゃないかな”って思っている人は本当に多い。今まで守ってきたものが守れなくなってしまう。言いたいことが率直に言えなくなり、歌いたい歌も自由に歌えなくなってしまうんじゃないか。最近、ちょっとだけ不自由になりつつあるのかな」

 ラブソングも好きだが、できれば社会に関わる歌を歌いたい。歌手を目指した時から、いつの間にかそう心に決めていた。運命的な曲と巡り合ったのは、5年前のこと。広島市の平和記念公園にある「原爆の子」のモデルとなった少女、故佐々木禎子さんを歌った「INORI」だ。

 「最初に聴いた時は、とても自分で歌える歌ではないと思いました。広島と縁もゆかりもない私なんかが歌ってはいけないんじゃないかと。でも、この時代に生きる歌手として一人でも多くの人にあの悲劇を伝えていく使命と責任があるんじゃないかと考え直しましたね」 

 それはまさに戦争を知らない世代が、かつてつらく悲惨な時代に生きた人たちから貴重な体験を語り継ぐのと同じ。歌うことを決心すると、そのための行動は早かった。「広島の惨劇」について書かれた本を可能な限り読みあさった。写真や映像を見てひとつでも多くの事実に接するようにした。何人もの被爆者の声に耳を傾けた。その一人が、13歳で被爆し、その後、治療のため渡米した笹森恵子(しげこ)さんだった。

 「真っ青な空にB29がキラキラと美しく輝いていたのが見えた。覚えているのはそれだけ。目が覚めた時には、隣にいた友人はこの世から消えていた。そういう話を伺うとまるで自分が体験したような気持ちになれる。それを伝えないでどうするんだという気持ちが湧いてきましたね」

 後日、笹森さんが「あなたの歌を聴くと友達のことを思い出して涙が出るの」と話してくれた。その言葉に自分が歌う意味が少しだけ分かったような気がした。

 4年前の3月11日、宮城県石巻市にいた。コンサート前の午後2時46分、東日本大震災に襲われた。何が起きたか分からないまま一目散で裏山へ逃げた。幸い命だけは助かった。

 「あれ以来、自分の胸の奥に大きな空洞ができてしまっているんですよ。喪失感というか、自信を失ったような無力感というか。人間って実にはかないものなんだなあって」

 その一方で人の命の尊さ、重さをあらためて思い知らされた。歌手としてその場に居合わせたことは偶然なのか、それとも見えない何かに導かれていたのか。これから生きている限り、被災した人たちのために自分に何ができるのだろう。いつも頭の中に、そう問い掛ける今までと違う自分がいた。

 思い悩んだ末に出した答えは、「被災した一人でも多くの人たちのために、やっぱり命の歌を歌うことしかない。それが私に課せられた宿命なんだと思うようになりました。被害に遭った人の心にあいた穴を少しでも埋められればいい」。今でもことあるごとに東北へ足を運んでいる。

 戦争も災害もない平和な世界。「命が何よりも大切」。これが次世代を背負う子供たちに伝えるべきこと。初めての子守歌「うまれてきてくれて ありがとう」(作詞湯川れい子、作曲つんく♂)を来月2日にリリースする。

 「昔、両親が歌ってくれた子守歌を忘れることはありません。人を信じ愛するということを私の中に育ててくれました。難しい時代だからこそ、“あなたが世界中で一番いい子”というメッセージを伝えたい」

 クミコの祈りはこれからも続く。

 ◆クミコ 1978年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。82年、シャンソニエの老舗「銀巴里」でプロ活動をスタート。2010年、「INORI~祈り~」でNHK紅白歌合戦に初出場を果たす。10月9日にはコンサート「うまれてきてくれて ありがとう」(学習院創立百周年記念会館)を行う。

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