石原良純 叔父・裕次郎さんから贈られた人生初愛車のヒミツ「開けて見たらさ、白と黒の線が」

[ 2026年5月18日 22:40 ]

石原良純
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 タレント石原良純(64)が、18日放送のBSフジ「小峠英二の試乗最高!」(月曜後10・00)にゲスト出演し、人生初の愛車にまつわるエピソードを語った。

 出演者が過去に乗りたかった車、将来乗ってみたい車を試乗しながら、ナビゲーターの「バイきんぐ」小峠英二とトークする番組。石原は18歳で免許を取得したころ、叔父で俳優の故・石原裕次郎さんから電話がかかってきたという。

 「石原裕次郎からね、大学生になった時に、突然電話がかかってきて。“良純、車をやる。フェアレディ(Z)をやる”と。調布にある石原プロから、“取りに来い”と」

 日産フェアレディZといえば、当時から大人気のスポーツカー。それをもらえるとあって、石原は取りに行ったという。ところが、初愛車と対面してみると、驚きの事実が判明。「ハッチバックだったから、開けて見たらさ、白と黒の線が引いてあって。パトカーだったの。『西部警察』のパトカーを塗り直して、1台くれた」。収録でパトカーとして使われていた1台を、塗り直してプレゼントしてくれたと明かした。

 運転には苦労したという。「めちゃくちゃ運転しにくい車で。ロングノーズで、低くて、後ろがハッチバックで、スポイラーが付いていて、視界が悪くて」。今では音楽プレーヤーは当然の装備だが、当時はそこまでの機能はなかったという。「それこそラジカセなんか付いてないから、ラジオカセのでかいのをここ(後部座席)に乗せて。ラジカセって結構、乗っけて走るのって、そういう人はいっぱいいたね」と振り返っていた。

 芸能界入り当時、所属していた石原プロについても語った。「西部警察」など、自動車を使った派手なアクションのドラマを制作しており、車とは切っても切り離せない関係だった。石原は「石原プロは車屋さんみたいなものだから。自社工場があったから。整備工場があって。改造車を結構、作っていたのよ。改造車って、仮ナン(バー)で走っていって、その場所しか走れなかったりする。ガルウイングのフェアレディとかを自社で作っていた。改造車で」と説明。小峠も「初めて聞きましたね」と驚いていた。

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