西城秀樹 超破天荒から千利休の領域へ 今は「シンプルイズベター」

[ 2015年6月23日 13:05 ]

真剣な表情で取材に応じる西城秀樹
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西城秀樹インタビュー

 72年のデビュー以降、郷ひろみ(59)、野口五郎(59)とともに「新御三家」と称され70年代トップアイドルとして君臨した西城秀樹(60)。「YMCA」でおなじみの79年「ヤングマン」は、TBSの歌番組「ザ・ベストテン」で、最初で最後の9999点満点を記録するなど熱狂的人気を博した。

 ルックスのみならずお茶の間を魅了したのは、日本にそれまでなかった「絶唱型」と呼ばれるボーカルスタイルだった。

 ロッド・スチュワートやジャニス・ジョプリンら洋楽歌手に影響された。特にジャニスの「サマータイム」には「魂を感じる。理屈抜きの凄みがある」と語る。自身もその境地を目指してきた。

 当初は賛否両論あったが「いちいち気にしてたらできないですよ」と、信じる道を進んだ。河村隆一(45)やGackt(41)ら、ヒデキを見て育ち、崇拝する後進は後を絶たない。

 でも、病が順調な歩みに影を落とす。歌どころか動くこともままならない日々。「この先(歌手を)ちゃんとできるのか不安はあった。人に迷惑を掛けたくない思いが強かった。でも、一番迷惑を掛けてるんじゃないかという女房が“すぐ結論を出さずゆっくり治していけば”と言ってくれて、落ち着きました」。01年に結婚した妻の助力もあり、一部の曲はまだ歌えないが「西城秀樹」の名に恥じない歌唱ができるまでに回復してきた。

 一方、もう一つの代名詞である「アクション」はどうか。日本初の単独スタジアムライブとなった74年の大阪球場公演をはじめ、大規模な野外会場での破天荒な仕掛けは、世間の度肝を抜いた。

 「クレーンに乗って歌ったり、バルーンにつかまって40メートル上空に上がるとか、今の時代できないことばかりだよね。バルーンなんて、下でロープ持ってる人が手を離しちゃったら、どこへ行くか分からない(笑い)」

 当時の金額で「億単位だね」という仕掛けを毎年次々考案し、実現していった。「人を驚かすのが好き」という元来の性格に加え「会社や現場のマネジャーも、みんなが応援してくれた。いや、みんなが西城秀樹だったね」という環境も後押しした。「球場ライブを続ける中で、関連会社がひとつつぶれちゃった。でもそこの社長も夢を持ってくれた」と振り返る。

 今は「もう、やれって言われてもやれない」。体のこともあるだろう。実際「バランスさえうまく取れない」と話すように、舞台で思うように動けない。でもそれ以上に「やりきった感じ。今はピアノ1台でもいいと思ってる」と年齢を重ねての落ち着きを強調する。

 「逆にそぎ落として、シンプルイズベター。わびを唱えた(茶道の大家)千利休までいかないけど、(アクションは)極めた感はあります。動から静に変わりつつある」と還暦の変節を語る。

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