山崎豊子さん「生き残った者としての使命感が私を突き動かしてきた」

[ 2013年10月1日 07:51 ]

亡くなった山崎豊子さん

山崎豊子さん死去

 山崎さんの書くことへの執念はすさまじかった。原動力は、戦争で生き残ったことに対する罪障感と使命感。一行の背後に膨大な努力があった。

 共同通信の田村文記者によると、2010年の冬、堺市の自宅で、全身の痛みに苦しみながら「不毛地帯」の取材に答え「枕木の一本一本が日本人の遺体に見えた」と涙ぐんだ。日本人捕虜が敷設に関わったシベリア鉄道を目にした時、彼らの過酷な日々がまざまざとよみがえったのだろう。

 最も苦労した作品を問うと「大地の子」と即答。中国に残された日本人孤児の壮絶な生を追った一大叙事詩。この小説のために約3年、中国で暮らした。建設現場に泊まり込み、監獄も取材。「うまく書こうなんて考えなかった。石の筆で岩に刻みつけるような思いでした」

 戦時中は軍需工場で働き「本を読む時間も勉強する時間もなかった。神様には、奪われた青春を返してくださいと言いたい」。一方で「生き残ってしまった」という罪の意識もあった。

 59年の皇太子成婚のとき、夫妻が乗られる馬車が皇居前の玉砂利を踏んで音を立てた。その音が学徒兵たちの骨の音に聞こえたという。「戦争で死んだ人たちのことを思えば、生ある限り書き続けなければならない。生き残った者としての使命感が私を突き動かしてきた」

 今年8月から週刊新潮で始めた新連載「約束の海」も、真珠湾攻撃に参戦した旧海軍士官の父と海上自衛官の息子が主人公の小説。戦争の本質に迫ろうとしていた。現在、第6回まで掲載されており、新潮社広報宣伝部は「執筆の意欲は最後まで衰えておられなかった」と明かした。

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