山崎豊子さん 24時間介護の中で激痛と闘い直前まで連載執筆

[ 2013年10月1日 06:00 ]

亡くなった山崎豊子さん

 「白い巨塔」や「大地の子」「沈まぬ太陽」などスケールの大きな社会派小説で知られる人気作家山崎豊子さん(やまさき・とよこ、本名杉本豊子=すぎもと・とよこ)が9月29日未明、心不全のため死去した。88歳。大阪市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主はおい山崎定樹(さだき)氏。綿密な取材や資料調べで話題作を次々と発表。原因不明の病気を患いながら8月から週刊新潮で新連載を始め、最後まで執筆に力を注いだ。

 関係者によると、山崎さんは堺市内の自宅で一人暮らし。ここ10年ほどは体がこわばり動かなくなる病を患い、要介護認定を受けて24時間体制で2人の介護者が付いていた。「原因不明の疼痛(とうつう)に顔をゆがめることもあった」といい、大阪府内の病院に入退院を繰り返していた。

 死因などについて、新潮社広報宣伝部は「心不全で29日未明に入院先の病院で亡くなった」と説明。自宅を弔問に訪れた同社関係者は「眠るように亡くなったと聞いている」と話した。「山崎豊子文化財団」の担当者は「故人の遺志で静かに密葬をした上で、落ち着いた段階であらためて発表する」とした。

 1944年、毎日新聞社に入社。大阪本社学芸部で後に作家となった故井上靖さんの下で働くうち刺激を受け、57年に大阪・船場の生家の昆布商をモデルにした「暖簾(のれん)」を刊行。翌年、吉本興業創業者の吉本せいをモデルにした「花のれん」で直木賞を受けたのを機に、毎日新聞を退社し作家に専念した。

 医学界の権威的体質に鋭いメスを入れた65年の「白い巨塔」をはじめ、政・官・財界の閨閥(けいばつ)を描く「華麗なる一族」(73年)を発表。女学校時代、軍需工場で働いた“戦中派”として「生き残った者は何かをしなければ」との思いで筆を執ったのが、シベリア抑留がテーマの「不毛地帯」(76~78年)、日系2世が主人公の「二つの祖国」(83年)。91年「大地の子」では中国残留孤児の苦難を描いた。戦争を背負って書き続けた作家だった。

 「取材したうち小説に使うのは1割」と語るほど資料収集に力を注ぎ、その成果を生かし次々にベストセラー小説を生みだした。日航ジャンボ機墜落事故に着想を得て航空会社の暗部を描いた「沈まぬ太陽」(99年)も200万部を超えた。一方で資料の引用方法をめぐり盗用が指摘され訴訟になったこともあった。

 01年ごろから両足や手の指がまひし執筆を中断したこともあったが、09年に外務省機密漏えい事件に材を得た「運命の人」全4巻を発表。今年8月から週刊新潮で「約束の海」の連載を始めたばかりで、既に第1部(20回分)を全て書き上げていた。関係者によると、筆圧が弱くなったため、黒の筆ペンで執筆していたといい、新潮社の名物編集者だった斎藤十一さんに「あなたはペンと紙を持って棺に入るべき人だ」と言われた通りの人生だった。

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