弱気は最大の敵 オリックス1位・椋木 同郷の津田恒実さん魂胸にプロ生活へ

[ 2021年12月13日 05:30 ]

<オリックス新人施設見学>大阪・舞洲の球団施設を見学した椋木(左)と野口(撮影・平嶋 理子)
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 オリックスのドラフト1位・椋木(むくのき)蓮投手(21=東北福祉大)が、同じ山口県出身のドラフト1位投手で「炎のストッパー」として知られる故津田恒実さんのイズム継承を誓った。

 「山口県からドラフト1位指名されたのは誰以来か気になって調べた。映像は見たことはないが、名前は知っていた。“弱気は最大の敵”が座右の銘なんですか。自分も、それにしようかな」

 椋木は山口県山陽小野田市出身。同県出身者の同1位指名は81年に広島に1位指名された津田恒実以来、40年ぶりだった。甲子園を目指す山口大会の会場の一つが故人をしのんだ「津田恒実メモリアルスタジアム」で「試合で使っていた球場。調べて津田さんの名前を見た時、すぐに分かりました」と感慨深げに振り返った。

 津田さんは山口・南陽町(現周南市)出身。1年目の82年は先発で11勝を挙げ新人王を獲得。故障を乗り越え救援転向後は150キロ超の剛速球を武器に真っ向勝負することから「炎のストッパー」と呼ばれた。

 椋木は150キロ超の直球にスライダーとフォークが武器。先発、救援ともに適性は高い。掲げる目標は、通算49勝90セーブの津田さんを超える100勝100セーブ。「“山口県といえば椋木”と言われるくらいの人になりたい」。地元の星との縁を紡ぎ、プロの世界に挑む。(湯澤 涼)

 ▽炎のストッパー津田恒実 1960年(昭35)8月1日生まれ、山口県南陽町(現・周南市)出身。南陽工、協和発酵を経て81年ドラフト1位で広島入り。82年に先発で11勝を挙げ球団初の新人王。右手血行障害から86年に救援転向。常に真っ向勝負の投球で「炎のストッパー」と呼ばれた。89年は最優秀救援投手。91年、脳腫瘍に倒れ現役引退。93年7月20日、32歳の若さで死去。通算成績は286試合で49勝41敗90セーブ、防御率3.31。12年野球殿堂入り。

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