【内田雅也の追球】塁間距離が示す真理 阪神が見せた全精力を傾ける姿勢

[ 2021年6月20日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2ー6巨人 ( 2021年6月19日    甲子園 )

<神・巨(11)>5回、遊ゴロで気迫のヘッドスライディングを見せた中野(撮影・坂田 高浩)
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 敗れた阪神にとって惜しかったのは5回裏だった。2死三塁で中野拓夢のボテボテのゴロは遊撃前に転がった。俊足を飛ばし、一塁へヘッドスライディングしたが間一髪アウト、無得点に終わった。

 巨人・坂本勇人の好守が光るが、セーフ(内野安打)ならば同点だった。その後の展開も変わっていたかもしれない。

 中野の一塁はあと10数センチほどの差だったろうか。あらためて思うことだが、この塁間90フィート(27メートル43)という距離が実に絶妙ではないか。野球記者レッド・スミスは<このサイズが野球を芸術にする>と書いている。

 1960年代に活躍したドジャースの左腕、サンディー・コーファックスは引退後、特別アドバイザーで現場に戻った際「野球は何一つ変わっちゃいない」と感激した。トマス・ボスウェル『人生はワールド・シリーズ』(東京書籍)にある。

 「まったく驚きだよ。タイ・カッブの時代と何ら変わらないんだから。いまだに三遊間にゴロが飛べば、俊足のやつならもう一歩届かずにアウト、鈍足のやつは二歩も届かずにアウトだろ」

 少しでもジャッグルすればセーフである。「神の左腕」と呼ばれた男は野球の距離に「神業」を感じていた。

 この距離の原型を定めたのは野球規則を体系化したアレクサンダー・カートライトである。ベースの数を4個とし、結んだ正方形をダイヤモンドと名づけ、対角線の距離を古い単位で「42ペイス」とした。塁間はほぼ90フィートとなる。1845年のことだ。

 翌1846年6月19日、カートライト率いるニッカボッカーズがニュージャージー州ホーボーケンで初の対外試合を行っている。この日は野球生誕の日だった。

 ニューヨーク支局にいた2001年の春、この地を訪ねた。通りの中央分離帯に「野球生誕の地」を示す銘板があった。近くのカフェでしばらく眺めていると、ご婦人がやって来て、周囲の花壇などを掃除していた。

 この90フィートを巡る攻防は、野球が生まれた昔から変わっていない。

 コーファックスは「勝ち負けの世界は明快だよ。自分がいいプレーをすれば、ちゃんと数字になって表れる」と語っている。「全精力を傾けない限り、何も得られない」

 カートライトが塁間距離を定めた時から変わらない。これは野球の真理だろう。

 阪神の敗戦は今月6日以来、交流戦ブレークをはさみ13日ぶりだった。3本塁打を浴び、戸郷翔征を崩せなかった。

 ただ、好走好守が随所に見えた。1回裏は左中間寄りの左飛で二塁走者・近本光司が三塁を陥れた。一塁走者・中野も二塁を奪った。2回裏は梅野隆太郎が左前への安打を二塁打にした。いずれも左翼手ゼラス・ウィーラーの緩慢さを突いた見事な走塁だった。塁間90フィートを巡る攻防を制していたわけである。

 佐藤輝明、近本、中野にも好守があった。真理を知る猛虎たちは全精力を傾けていた。敗れはしたが、それでいいではないか。 =敬称略= (編集委員)

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