【内田雅也の追球】阪神が育てる社会貢献の伝統 コロナで表彰見送りの「若林忠志賞」

[ 2020年11月27日 08:00 ]

6月16日、高校球児に贈る甲子園の土を集めた阪神の選手たち(球団提供)
Photo By 提供写真

 本年度の阪神「若林忠志賞」の表彰が見送られた。例年11月下旬、この時期に開かれる球団納会で発表、表彰となるが、球団本部長・谷本修は「諸事情を勘案して今年に限り、取りやめることとしました」と話した。

 事情とは、新型コロナウイルスの影響である。すべての球団役職員、監督、コーチ、選手ら150人ほどが一堂に会する納会も中止となった。

 同賞は2011年、継続的に社会貢献活動やファンサービス活動に取り組み、野球人として優れた見識を持つ選手を表彰する制度として創設された。毎年1人を表彰、賞金(100万円)と活動資金(100万円)を贈っていた。いわば、チームにおける「グラウンド外のMVP」である。
 球団創設時からのエースで監督も務めた若林忠志(故人)の功績をたたえたものだ。若林は戦後、タイガース子供の会(今の公式ファンクラブKIDS)を自費で創設、恵まれない子どもたちや各種施設を慰問、慈善活動、ファンサービス活動も熱心に行っていた。

 表彰は見送ったが「該当者なし」ではない。球団常務・清水奨は「逆に表彰に該当する選手は多くいました。選手たちのなかで、社会貢献やファンサービスの意識が高まっています」と話した。

 たとえば、自身が大腸がんを患った原口文仁は1安打、1打点ごとに1万円を寄付する活動を行っている。岩貞祐太は1勝につき10万円を故郷・熊本県の少年野球に贈呈する。受賞に値する活動である。過去の受賞者でも今季限りで退団する能見篤史やエース西勇輝らは活動を続けている。

 また、今年はコロナ禍で春夏の甲子園大会が中止となった。阪神は甲子園球場とともに、全国の3年生の高校球児と女子野球選手に「甲子園の土」が入ったキーホルダーを贈っている。発案者の監督・矢野燿大をはじめ、選手たちは6月の公式戦開幕前にグラウンドで土をかき集めた。全国の高校球児たちから多くの感謝の気持ちが寄せられている。

 清水は「甲子園の土を贈ったことで、各方面から賛辞をいただきました。こうした意識の高まりを大切にしたい。今年は一度見送り、来年には再開したい」と話した。

 阪神でも監督を務めた星野仙一(故人)は<野球以外の部分に関しては口を出さないが、一つだけ勧めてきたのはボランティア活動だ>と著書『改訂版 星野流』(世界文化社)に記していた。

 <何か一つ、自分の時間を割いて人に喜ばれること、社会的に何か少しでも役に立つことをしなさいと言っている><わたしの意図はボランティア活動に加わることによって、若い選手たちにあまり使わないでいる「心を動かして」いってもらいたいという、そういう願いにある><自分たちが体格や体力にも恵まれて、いつも元気に好きな野球を思いっきりできるということがどんなに幸せなことか。ボランティア活動によってそれを理屈ではなく肌で感じることができる>……。星野は若林の精神を肌で知っていたのだろう。

 長女が暮らす米国に滞在中の若林の次男・忠晴(81)からメールが届いた。「今回は表彰がないとのこと。このコロナ騒動では難しいでしょう。父の精神が息づいているのは実に喜ばしい」
 これも猛虎精神の継承である。大切な伝統として育てていきたい。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

「始球式」特集記事

「田中将大」特集記事

2020年11月27日のニュース