【内田雅也の追球】心で交わす“会話”――逆転2ラン浴びた阪神バッテリー

[ 2019年8月7日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3-4ヤクルト ( 2019年8月6日    神宮 )

6回2死二塁、逆転2ランを浴びたガルシアのもとに向かい声をかける坂本(撮影・大森 寛明)
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 片岡義男に『わたしとキャッチ・ボールをしてください』という短編小説がある。高校3年生の女生徒が帰り道でいっしょになったクラスメートの男子に題名の言葉で誘う。河原でキャッチボールを繰り返すうちに気持ちが通じてくる。

 女生徒の両親は離婚し父親と2人暮らし。普段はほとんど会話もない。男子の発案で彼女の父親も誘ってキャッチボールをする――といったストーリーだ。『夏と少年の短篇(たんぺん)』(東京書籍)に収められている。

 もう一つ例をあげる。今春公開された映画『長いお別れ』(監督・中野量太)で、認知症が進む父親(山崎努)と娘(蒼井優)が実家の縁側で会話するシーンがある。娘は妻子ある男性との恋に破れ、落ち込んでいた。

 「つながらないって切ないね」と泣きだす娘に父親がぼんやりと庭を眺めながら答える。

 「そうくりまるなよ。そういう時は、ゆーっとするんだ」

 ほとんど意味不明な言葉なのだが、娘を思う父親のやさしさ、そして心は伝わってくる。

 そう、言葉などなくても心は通じるのだ。

 2―1と1点リードの6回裏2死一塁。中村悠平に逆転2ランを浴びた阪神先発オネルキ・ガルシアはマウンド上、両手をひざについた。すぐに捕手・坂本誠志郎が駆け寄った。天を仰ぐ1メートル90の投手を1メートル67の捕手が見上げるようにして声をかけていた。

 ガルシアはキューバ出身で、母国語はスペイン語だ。坂本が話したのはスペイン語か、英語か、日本語か。いや、こんな時、何語とか、どんなセリフとか、言葉はさほど意味をもたない。

 落胆している投手を慰め、元気づけ、再び奮い立たせたい。先に書いたように、言葉はなくとも、あるいは意味不明の言葉でも心は通じるのだ。

 ましてや野球のバッテリーはキャッチボールどころか、ボールを投げ、捕り、返す……を繰り返してきたコンビである。

 ガルシア―坂本がコンビを組むのは7月9日巨人戦(甲子園)以来2度目だった。前回は敗戦投手となったが、8回4安打1失点と好投していた。配球はもちろん、ミットの構え方や返球の仕方や間合いなど、何となく相性が合うコンビというのはある。この夜も好投の部類だった。

 先の映画の売り文句に<だいじょうぶ。記憶は消えても、愛は消えない>とあった。

 ならば、痛恨の被弾で敗戦投手となったが大丈夫だ。白星は消えても心は残る。クライマックスシリーズ(CS)進出のAクラス入りに向け、依然正念場が続くチームにも通じる精神である。=敬称略=(編集委員)

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