阪神・梅野、魂のサイクル 昨季終盤には右手も骨折していた

[ 2019年4月10日 05:31 ]

セ・リーグ   阪神12―8DeNA ( 2019年4月9日    甲子園 )

8回2死一、二塁、サイクル安打を達成し、ガッツポーズでベンチに戻る梅野(撮影・大森 寛明)
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 阪神・梅野隆太郎捕手(27)が9日、DeNA戦で史上74度目となるサイクル安打を達成した。8回に先頭で左中間1号ソロを放つと、打者一巡となった2死一、二塁で右中間二塁打をマークして快挙となった。球団では16年7月30日の中日戦での福留孝介以来6人目。左足薬指骨折などを抱えながらマスクをかぶる「鉄人」が、本拠地開幕戦の逆転勝利に貢献し、チームは2連勝で勝率5割に戻した。

 手負いの男がなせる業ではない。目の前に広がったのは、梅野が起こした偉業に沸く聖地。魂、男気のサイクル安打達成だ。
 「まさか自分がサイクル安打を達成する日が来るなんて思ってなかったのですごく嬉しいし、今は8番打者として自分の仕事をしなければいけない立場で、こういうことができたことは自分自身ビックリしています」

 奇跡の予兆はあった。2回2死一、二塁で放った飛球を右翼・ソトが捕球できず2者が生還も最初は失策とされたが、直後に適時三塁打に訂正。4回に右前打、8回には1点差に迫る左翼への今季1号ソロも放った。そして、打者一巡の猛攻で巡ってきた2度目の打席で右中間を破る二塁打で一気に決めた。

 試合は甲子園初戦で5点差を逆転する大興奮の展開。二塁打を放った後も普通にベンチに戻り、ナインと喜び合うことが先で、サイクルのことは全く認識しておらず。「ベンチがざわついてるな…」と慌ててタイガースガールから花束を受け取り「自分自身びっくりしている」と照れた。

 2日の巨人戦で左足薬指を骨折。手負いの状態で試合出場を続けるが、実は骨折は1カ所だけではない。快挙の裏には、知られざる長い苦闘がある。昨季終盤のある試合で、右手首に激痛が走った。明らかに異常な痛みでも、上回ったのは開幕からマスクを被り続けてきた強い自負。「ここで出なかったら、ずっと試合に出してもらったこの1年が無駄になってしまうので」。痛みと真っ向勝負する覚悟を決め、プレーを続けてきた。

 シーズン終了後、病院で撮影したレントゲン写真には、はっきりと分かる程の亀裂が入っていた。「スーっと細い線が入ってました」。右手首の疲労骨折。手術や保存療法の選択肢もあった中で、11月の秋季キャンプにも参加し、高知入り前には「痛みが出ないでくれ…」と祈るように、病院で痛み止めの注射を数本打った。

 年末には数十万円する治療器具も購入し回復に努めた。だが、年が明けても症状は変わらず、春季キャンプも打撃練習の時間を短縮せざるを得ず、強行を続けることにマイナス要素しかない状態。手首に負担のかかる高めのボールをスイングする時は「怖かった」と話すものの「試合はアドレナリンが出てるから大丈夫」と言い切った。

 その反動で痛みは朝が一番ひどい。開幕戦の朝も「何かおかしい」と、手首の違和感で目覚めた。5日の広島戦では内野ゴロで一塁へ、ヘッドスライディング。「無意識で…。でも映像で見たらやばって思って。(スライディングした翌日の)朝もちょっと痛かった」と献身の思いは激痛をも「無」にした。

 「痛みはありますけど、治るまで待つと言うよりやりながら治していけたら」

 試合後のお立ち台では、地元の博多弁をアレンジして「明日も勝つばい!」と会心の笑みを浮かべて虎党と一緒に叫んだ。「皆一体となって、自分が博多出身なので、喜んでもらえたらなあと思って」。数え切れない痛み、絶望を乗り越えた梅野に待っていた幸福のひとときだった。 (遠藤 礼)

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