今宮、史上最年少200犠打!自ら祝砲も 大技小技で貢献

[ 2016年6月3日 05:30 ]

<ソ・中>通算200犠打となる送りバントを決める今宮

交流戦 ソフトバンク6-2中日

(6月2日 ヤフオクD)
 ソフトバンクは2日、中日に6―2で快勝、交流戦最初のカードを勝ち越した。今宮健太内野手(24)は2回にバルデスから捕犠打を決め通算200犠打を達成し、また、4回には左越えに5号ソロを放ち、偉業に花を添えた。そのバント職人の極意を自らスポニチ本紙読者に向けて解説してもらった。

 区切りは新たな今宮の始まりだ。1点差に迫られた4回1死の3打席目。2打席目の2回無死一塁、史上38人目で最年少200犠打を決めた男はイメージを振り払うかのようにフルスイングした。2ボールからの134キロ直球を左翼へ5号ソロ。試合の流れを決定付けるような一発だった。

 「欲を言えばバントの(サインが)出ないバッターになることが最大の目標です」

 ヒーローはそう、照れた。好調を買われ、今季初の1番に起用された。1点差の初回無死、8球粘った末に四球を選び、3得点を誘導。2回無死一塁は27歳9カ月の巨人・川相を抜く、史上最年少24歳10カ月の200犠打を決める。これまでの今宮ならばこれで十分な活躍だった。

 ただ、藤井コーチに体の軸を左サイドに置いたまま打つ「テニス打法」を教わった5月26日のオリックス戦(ヤフオクドーム)以降、覚醒したバットは止まらない。冒頭の一発で8試合連続安打とし、8回無死でも左中間二塁打し、2安打1打点で4出塁。この7試合は24打数12安打の打率5割、10打点3本塁打と全く手がつけられない。

 13、14年には2年連続62犠打を決めた。15年は35個まで減ったが、それでも3年連続でリーグトップ。大分・明豊時代は「62」の柵越えを放ったスラッガー。「プロでこれだけバントをするとは思わなかった」と振り返る。ただ、身長1メートル71と小柄な男にとってそれは飯の種だ。最初はやり方さえ、おぼつかない。12年4月29日のロッテ戦(QVCマリン)で決めた初犠打で「こうやって転がせばいい」と気付く。「これができなければ1軍にはいられない」。当時、2軍監督だった鳥越内野守備走塁コーチと二人三脚で毎日のように転がし、ここまで来た。

 工藤監督は「(200犠打は)プレッシャーの中で積み上げてきたこと」と評価した上で「それはそれとして1番の選択肢も増える」と一過性の好調ではないと新たな切り込み隊長に期待する。貯金は最多タイ19。交流戦最初のカードも勝ち越しと1番・今宮の采配ははまっての好発進だ。

 「まだまだ(目標には)程遠いですけど、今やっていることが、つながってチームの勝利に貢献できればと思う」。5月26日の試合前までは・190だった男の打率は一週間で・235まで跳ね上がった。転がせてきた男はさなぎがチョウになる瞬間を迎えつつある。(福浦 健太郎)

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2016年6月3日のニュース