【羽生結弦と世界選手権(2)13年】満身創痍も逆襲4位 五輪3枠に貢献

[ 2021年3月15日 05:30 ]

フィギュアスケート世界選手権、男子SPの4回転ジャンプで転倒し、9位と出遅れた羽生結弦=2013年3月、ロンドン
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 フィギュアスケートの世界選手権は24日、スウェーデン・ストックホルムで開幕する。新型コロナウイルスの影響で無観客に加え、選手や関係者の安全確保のため外部との接触を断つ「バブル」方式で開催。22年北京五輪の出場枠も懸かる大舞台を前に、羽生結弦(26=ANA)の過去の世界選手権を振り返る。

 【13年カナダ・ロンドン】

 羽生は12年4月からブライアン・オーサー・コーチに師事し、練習拠点はカナダ・トロントに移った。トロントからロンドンまで約200キロ。「時差がないっていいな。ホームタウンみたいなものだし、安心感がある」。18歳にとっては、地元開催に近いものだった。

 表情は明るかったが、コンディションには不安を抱いていた。2月にインフルエンザにかかって約10日の静養を強いられた。調子に狂いが生じ、練習再開後は左膝を痛めた。「パリの散歩道」のSPは、冒頭の4回転トーループで転倒するなど75・94点の9位と出遅れ、「本当に悔しい」と言葉を絞り出した。フリー当日の公式練習でも右足首を負傷した。満身創痍で演じた「ノートルダム・ド・パリ」。4回転トーループ、4回転サルコーの着氷をこらえ、体中の力を使い果たして演技を終えると、ひざまづいて数秒、動けなかった。

 「最後に倒れてもいいから、やりきろうと思った。気合で持っていった」。

 2年連続の表彰台には届かなかったが、合計244・99点で日本勢最上位の4位と逆襲。14年ソチ五輪の国別出場枠で最大の3枠確保に貢献した。

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