追悼連載~「コービー激動の41年」その87 謎の急降下と加速 そして激突
2020年1月26日。コービー・ブライアントら9人を乗せた中型ヘリの「シコルスキー・S―76B」はロサンゼルス南部のジョン・ウェイン空港を飛び立ってすぐに濃霧に巻き込まれた。必要な視程を得られず、50歳のアラ・ゾバヤン操縦士は苦しむ。雲の中を飛行する際にはレーダーに誘導してもらう計器飛行規程(IFR)に従えば可能だが、ヘリを所有していたアイランド・エクスプレス社はその資格を与えられておらず、雲と霧の中での待機を余儀なくさせられた。
離陸から33分が経過した午前9時39分。すでにフライト予定時間は過ぎていた。こんなことになるならロサンゼルス市内の渋滞を覚悟して陸路で行ったほうが良かったかもしれない。今となっては確認することはできないが、ブライアントもそう思ったかもしれない。そしてここから「シコルスキー・S―76B」は不可思議な動きを見せていく。
ようやく本来のルートとなるロサンゼルス北西部、ベンチュラ・ハイウエー方面への航路変更が航空管制官に認められ、ゾバヤン操縦士は高度460メートルでの有視界飛行を確認。ただしその3分後、西に向かって飛んでいるとすぐにまた厚い雲に包まれ、サンフェルナンド・バレーの丘陵地帯上空に迷い込んだ。本来のルートからまたずれたのである。
ここで連絡を受けた管制官は「傾斜地に近づきすぎている」と答えているが、この管制官は勤務形態上、ここで業務終了となった。ここであとを引き継いだ2人目の管制官が、再度ゾバヤン操縦士の身元確認と飛行目的などを尋ねているが、このわずかな時間のロスが重大な影響を与えた可能性がある。
このやり取りのあと、ゾバヤン操縦士は墜落を避けるために「高度を1200メートルまで上げたい」と管制官に申し出たが、これが最後の交信となった。このあとの36秒間でヘリは高度を左方向に一気に300メートルほど上げたが、8秒後には270メートルも急降下。9時45分15秒には時速300キロに達していた。水平飛行ではなく事実上、落下しながらのスピードアップだった。そしてその24秒後、ヘリはカリフォルニア州カラバサスの傾斜地に高速で激突。離陸から39分後の悲劇だった。
衝突警報装置があれば危険を察知できたはずだが、このヘリは当局の勧告には従わず、この計器は設置されていなかった。ヘリは傾斜地を疾走していたマウンテンバイクの2つのグループの間に墜落。この人たちも事故に巻き込まれていた可能性があった。墜落から2分後に「911(緊急通報)」をコールしたのもこのマウンテンバイクに乗っていたグループの1人。「ヘリはかなりのスピードで斜面に突っ込んだ」と証言している。機体の破片は墜落地点の周囲150~180メートルに散乱。深さ60センチで幅が4・5メートルから7メートルほどある穴ができていたそうだ。燃料に引火して火災も発生。消防車が駆け付けて鎮火したのは10時30分とされている。
午前11時24分にエンターテイメント系メディアのTMZが第1報として「ブライアント死去」を報道。しかしロサンゼルス警察の公式発表は午後2時半だったので、ブライアントのバネッサ夫人(37)はネットの情報で愛する夫と娘(ジアナさん)の死を知ったことになる。これはとてもつらい出来事だったはずだ。
警察当局は現場に騎馬警官を出動させている。それは有名人の不幸な事故に群がる「スーベニアー・ハンター」の侵入を防ぐためだった。しかしブライアント氏の遺体と思える写真を警察官同士がスマホでシェアしていたことが発覚。遺族に対する礼儀を欠いた残念な行為も明らかになった。
遺体収容は手間取った。なにしろ高速で傾斜地に激突している。ブライアントの遺体はその日のうちに確認されたが、9人中5人はDNA鑑定によるもので最後の遺体が誰であるのかが判明したのは墜落から4日が経過した1月30日。そのなかなか判明しなかった遺体のひとつがジアナさんだったと見られている。トップレベルの大学に入り、プロ選手を夢見ていた13歳。その失われた未来に対する悲しみは、多くの人の涙を誘った。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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