競泳・萩野公介 スペイン高地で星を見つめ――悩める元王者は答えを探す

[ 2020年3月17日 09:30 ]

2020 THE PERSON キーパーソンに聞く

スペイン・シエラネバダの合宿でインタビューに答える萩野
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 16年リオデジャネイロ五輪競泳男子400メートル個人メドレー金メダリストの萩野公介(25=ブリヂストン)が復活を期して五輪代表選考会となる4月の日本選手権(2~7日、東京アクアティクスセンター)に臨む。昨年はモチベーション低下を理由に約3カ月休養。同8月にレース復帰後は結果を残せていないが、2月のコナミオープン後は心身ともに充実した日々を送っている。スペイン・シエラネバダ合宿中にインタビューし、胸の内に迫った。

 コナミオープンから2日後の2月18日。練習拠点である東洋大スポーツ総合キャンパス(板橋区)のウエートルームに、北島康介を育てた平井伯昌コーチ(56)に師事する“チーム平井”の6人が集結した。小堀の音頭で実現した選手ミーティング。低調なタイムが続く萩野が「正直、苦しい。東京五輪で金メダルを目指すと言っているけど、厳しいことは自分でも分かっている」と打ち明けた。先輩の小堀に悩みを相談することはあったが、後輩の大橋、青木、白井、今井に弱みを見せたのは初。本音を吐露し、肩の荷が少し軽くなった。

 「僕は悪い部分を人に見せたくない人間で本心を言うのが苦手。でも一緒に練習しているメンバーには言わなきゃいけないと思った。以前は一人で背負い込んでいたことを皆に話して、それでいいんだと思えることはプラスになっている」

 この3日後に標高約2300メートルのシエラネバダに出発。約1年半ぶりの高地合宿は新型コロナウイルスの影響で打ち切りとなったが、約3週間レースペースを意識した練習に重点を置いた。日本選手権は400メートルと200メートルの個人メドレー、200メートル自由形にエントリー。1月の北島杯の200メートル自由形決勝で最下位に沈むなどトレーニングの成果を大会で発揮できない状況が続くが、合宿中盤に平井コーチから「呼吸を気をつけてみよう」と助言されて復調の手応えをつかんだ。

 「レースになると硬くなり呼吸が浅くなっていた。泳ぐ技術ばかり気にして、息を吸う、吐くという根本的なことを忘れていた。吐くことを意識しないと空気は入ってこない。ストロークテンポが上がり、呼吸する時間が短くなった時にできなくなっていたが、今は泳速が上がっても良い泳ぎができている」

 昨年2月のコナミオープンの400メートル個人メドレー予選で大失速。泳ぐことが怖くなり決勝を棄権し、そのまま休養に入った。プールを離れている間は、一人旅に出て、泳いでいる理由、人生の意味を自問自答する日々。エーゲ海に浮かぶセントリーニ島の海では無心で40分近く泳いだ。5月に練習を再開するまでの約3カ月は自身を見つめ直す時間となった。

 「水泳をやめたらどんなに楽だろうと思う。でも楽な道を進むことは、決してうれしいことではない。成長するチャンスを手放すというか、チャレンジせずに終わるのは嫌だから。小さい頃から水泳にいろいろと学んで、大人になってもまだ学ぶことがある。水泳は人生の一部なので目的の域は出ない。僕が描くこういう人間になりたいという目標であって、そういう人間でありたいから今は水泳を頑張っている。いろいろ考えていると、縄文時代ぐらいがシンプルで一番良かったんじゃないかとも思う」

 シエラネバダ合宿中のある夜。星空を見上げながら小堀に「なんで星は輝いているんですかね」と尋ねた。「本人たちは光ってるって知らないんじゃないかな」。どこか哲学的な返答が「なるほど」とふに落ちた。

 「何で人は生きているのか、何で自分は泳いでいるのか、何で星は輝いているのか。今は3度目の五輪を目指しているが、山の登り方はいろいろある。苦しんで、つまずいても立ち上がって、また前を向く。そういうことも大事なんじゃないかと思う」

 金銀銅3つのメダルを獲得した16年リオ五輪の萩野は強く、格好良かった。歓喜の夏から4年。弱さをさらけ出し、自身の生きざまを見せようともがく姿もまた、輝いている。

 《3週間滞在もコロナ拡大で緊急帰国「五輪が不必要なものではないと信じる」》新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、平井コーチの指導する萩野、大橋らがスペインでの高地合宿を打ち切り、16日に帰国した。スペインの非常事態宣言を受け、25日の予定だった帰国を前倒し。17日に現地を離れる航空便をいったんは確保したが、合宿施設が閉鎖されることになり、さらに帰国を早めた。標高約2300メートルで約3週間練習を積んでおり、高地合宿の効果は期待できる。五輪開催が不透明になる中、萩野は「選手としては普通に開催できるのが最高だが、世の中には五輪に興味のない方もいらっしゃるので、難しい問題。でも五輪が不必要なものではないと信じている」と語った。

 ▽競泳東京五輪への道 新型コロナウイルスの影響で無観客で実施される4月の日本選手権で、日本水連の定める派遣標準記録を突破して2位以内に入ることが条件。男子の200メートル、400メートル個人メドレーは昨夏の世界選手権で優勝した瀬戸の出場が既に内定。残り1枠のため、瀬戸を除く最上位の選手が出場権を得る。

 【萩野のリオ五輪以降】
 ▼16年8月 リオデジャネイロ五輪の400メートル個人メドレーで金、200メートル個人メドレーで銀、800メートルリレー銅メダルを獲得。
 ▼同9月 15年6月に骨折していた右肘の手術を受ける。
 ▼17年1月 東洋大卒業を前に、ブリヂストンと22年3月まで5年契約を結ぶ。
 ▼17年7月 世界選手権ブダペスト大会に出場。個人メドレーは200メートルで銀、400メートルは6位に沈む。
 ▼18年8月 パンパシフィック選手権で個人メドレーは200メートルで銅、400メートルで銀。連戦となったジャカルタ・アジア大会は個人3種目で銀2、銅1と金メダルなし。
 ▼19年2月 コナミオープン400メートル個人メドレー予選で自己ベストより17秒以上も遅いタイムに終わり、決勝を棄権した。大会後に予定していたスペイン高地合宿を回避。
 ▼同3月 日本選手権欠場を発表。モチベーション低下などを理由に休養期間に入る。
 ▼同8月 W杯東京大会で半年ぶりのレース復帰。
 ▼同9月 シンガー・ソングライターmiwaとの結婚を発表。
 ▼20年1月 北島杯の200メートル自由形決勝で最下位に終わる。大会直前に体調を崩しており、400メートル個人メドレーを欠場。
 ▼同2月 コナミオープン 瀬戸の出場しない大会で個人メドレーで400メートル4位、200メートル2位。

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