「Anybody」に潜んでいた未知の力 「Something」にこめた執念

[ 2019年10月22日 08:00 ]

日本対南アフリカ戦で最後までスタンドにいた女性ファン(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】米AP通信のジョン・パイ記者が書いたラグビーW杯準々決勝の日本対南アフリカ戦の原稿にはこんな下りがある。

 「前半を終えて5―3。まだどちらが勝者になるのかはわからない試合だった」。英語の記事の中で使われた表現は「It's still anybody's game」。南アフリカが優位と言われながらも勝者を予想できないゆえに、どちらとも言えない“不特定感”を漂わせるための「anybody」だった。

 「anybody」と「somebody」の違い。私がそれを覚えたのは英語の教科書ではなくビートルズの曲だった。リンゴ・スターがボーカルを務めた「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・マイ・フレンズ」の途中に出てくる歌詞が「Do you need anybody? I need somebody to love…」という問答。「誰か必要かい?うん、愛する人がほしい」。不特定か特定かはこの歌詞が言葉の意味を教えてくれた。

 ラグビーW杯の予選プールで、アイルランドを倒して「Giant Killing」という名の大番狂わせを演じた日本代表。それを達成するには試合のどこかで「anybody’s game」にする必要がある。20日の準々決勝、南アフリカ戦でも前半はそのプロセスをたどっていた。しかし後半で点差は開いてノーサイド。それでもおそらく日本全国で拍手が沸き起こったことだろう。

 その前日、米ニュージャージー州ピスカタウェイのSHIスタジアムでは、ミネソタ大のアメリカンフットボール・チームが地元のラトガース大と対戦していた。ミネソタ大は42―7で勝って59年ぶりの開幕7連勝。P・J・フレック監督(38)は目頭を押さえて泣いていた。

 勝ったからではない。そこには命の尊さを訴える選手がいたからだ。指揮官が第4Q、TDのあとのキックによるエクストラ・ポイントの際にフィールドに送り出したのは無名のケイシー・オブライエン(2年)。スナップされたボールをセットする「ホールダー」というのが彼の役目だったが、それをうまくこなしてチームに「1点」をもたらすとフレック監督だけでなく、チームメートさえも目をうるませて歓喜していた。

 同選手は高校1年生で「骨肉腫」と診断され、14回の手術を受けた。再発すること4回。そのつど化学療法を受け命をつないできた。「フットボールをやりたい」という希望は主治医にはねつけられる。それでも「フットボールは自分の人生の中にずっと存在していた“something”だった。だからあきらめなかった。クォーターバックでなくてもいい。ポジションなんてなんでもいい。とにかく試合に出たかった」と夢は捨てなかった。そして2年生になった今季、長く辛い闘病生活の末にその夢はついに現実となった。

 「something」と「anything」の違い。それを私が覚えたのもビートルズの曲だった。故ジョージ・ハリソンがボーカルだった「サムシング」。「彼女のふるまいの何かが自分を引きつける。それは他の恋人にはなかったもの…」。不特定ではなく、現実にそこにいるこの世界でただ1人の女性を指す「something」が、漠然とした「anything」との差を物語ってくれる歌詞だった。

 スポーツは病気を治さないし、空腹感も満たさない。利子を増やしてくれることもなければ、台風を阻止してくれることもない。しかし日常的な「何か」が「誰か」と共鳴してポジティブに変化してくると、見ている者の心を揺り動かし、知らず知らずと背中を押してくれる。

 「anybody’s game」から生まれた感動と「something」が支えた少年の夢。もしスポーツに何か目に見えぬ力が沸き起こるとしたら、それはそこから広がる光景が「everybody’s game」と「everything」になった瞬間だろう。

 さて「ONE・TEAM」の重要性を痛感しながら、私もまた「前」に歩を進める人間でありたいと思う。教えられることが多いスポーツの秋。身近にある風景を見逃さないようにしなければ…。苦境に陥ってもあきらめずに「ジャッカル」を!倒れそうになっても「オフロード・パス」でボールをつないでいきましょう。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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