リーチ 臓器提供経験の父コリンさんから学んだ自己犠牲、母イバさんは快活

[ 2019年8月20日 10:00 ]

ラグビーW杯日本大会9・20開幕

記念撮影する(左から)リーチの母イバさん、父コリンさん、知美夫人、長女のアミリア真依ちゃん、リーチ・マイケル(撮影・阿部 令)

 【W杯への鼓動】ついに、開幕まであと1カ月。今月29日にはラグビーW杯日本代表メンバー31人が発表される。北海道網走市で発表前最後の合宿を行う日本代表の中心にいるのが、2大会連続で主将を務めることが決定的なリーチ・マイケル(30=東芝)だ。リーチの父コリンさん(62)、母イバさん(59)をフィジーに訪ね、誰からも愛される主将のバックグラウンドや日本との不思議な縁を聞いた。

 スコットランド系ニュージーランド人の父コリンさんがフィジーに住み、同国出身の母イバさんはニュージーランドに残って暮らす。この奇妙な夫婦関係には、リーチの人格形成をひもとく上で大きなヒントが隠されている。

 フィジーをサイクロン「ウィンストン」が襲ったのが16年2月。イバさんの出身地であるビチレブ島北東部にあるタブア村も被災し親類の家などが倒壊した。もとより世のため人のために力を尽くしてきたコリンさんは、過去には「全然知らない人だが必要とされたので」と肝臓と腎臓を提供したほどの自己犠牲の塊。還暦を過ぎた翌17年、イバさんが育った集落近くに移り住むと大工技術を現地の人に指導しながら一軒の家屋を建造。今は2棟目の建築をしている真っ最中だ。

 リーチ自身が「僕はお父さん似」と語る通り、愛息以上に木訥(ぼくとつ)そうなたたずまいのコリンさんは、それらの行動を「自分は楽しんでいるだけ。犠牲だなんて思っていない。人生は永遠に続かない。(知識や技術を)ダウンロードしてあげることで、次の世代につながる」と事もなげに言う。そんな父の背中を見続けてきたからこそ、リーチには体の奥底にまで刷り込まれた自己犠牲の精神が宿っている。

 一方のイバさんはおしゃべりで快活な性格だ。8月10日の米国戦で2トライを挙げる活躍をした愛息を「ゴリラみたいだったわ」と例え、「ハンサムなところは私似ね。いいところは全部、私に似ている」と話して豪快に笑う。5歳のリーチにラグビーを勧めたのもイバさん。子育ては「ちょっと厳しかった」と言うが、「世界で一番幸せなお母さんになれた」と語る時の目は、少しだけ潤む。

 リーチが15歳で日本に渡る前、コリンさんが「自分がやりたいことをやれ」と背中を押した一方、イバさんは反対した。「若すぎたから。遠くへ行ってほしくなかった」と母性本能を理由に挙げるが、日本に対する負のイメージの影響も少なからずあった。「戦争映画を見過ぎて、悪いやつばかりの国だと思っていた」。やがて誤解は解けるが、実はその前世代から、日本との不思議な縁があった。

 イバさんの父、つまりリーチの祖父は太平洋戦争期に招集を受け、パプアニューギニアへと送り込まれた。ある日、山中で日本兵とバッタリ出くわしたが互いに戦闘を避け、示し合わせて別の道へと進んだという。祖父本人から何度もその逸話を聞いたというリーチも「そこから(日本との縁が)始まったんじゃないか」。両親の出会いがナイトクラブだったのも、運命のいたずらか。時空を超えた奇跡が重なり、類いまれなる主将を生み出した。

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