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デーモン閣下 輪島さんへの献歌に感慨「こういう巡り合わせになったんだ」

<輪島大士さん告別式>報道陣の質問に答えるデーモン閣下(撮影・郡司 修)
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 8日に70歳で亡くなった大相撲の第54代横綱・輪島の輪島大士(本名輪島博=わじま・ひろし)さんの葬儀・告別式が15日、東京・青山葬儀所で行われ、好角家として知られるデーモン閣下が自身の楽曲「千秋楽」を捧げた。輪島さんを見送り、葬儀に参列後、報道陣の取材に応じた。

 閣下にとって、輪島さんは小さい頃からの憧れの存在。相撲好きになったきっかけがまさに輪島さんだといい、「葬儀の時間を通じて、いろいろなことを思い出しました」。輪島さんとの交流は、閣下が相撲好きが高じて、NHKの大相撲中継にゲスト出演した直後、中継で輪島さんのことを熱く語ったのを見ていた輪島さんから、とあるパーティーで声をかけられたことから始まった。輪島さんはすでに相撲界を離れ、プロレスも引退していた頃。一番に思い起こされるのは「一緒に楽しく、食事をしている時かな」としみじみ。長い交流の中で、何か印象に残る伝説は?と聞かれるも「マスメディアで話せない内容のものはありましたが…いや、不適切でしょ」とけむに巻いた。

 そんな輪島さんとの付き合いの中で感じたことは「前向きさ」だった。「“今度はこんなことをやろう”とか、次から次へと新しいアイデアを食事の席で言い出すんです。結構な年になっていたけど、この人、前向きだなっていうのを感じた」と振り返った。

 葬儀では、力士が引退する思いをつづった歌「千秋楽」を捧げた。「こみ上げるものはあるかなと思ったんだけれど、案外、しっかり歌わなきゃという思いのほうが強くて、そういう感じにはならなかった」と苦笑しつつも「もともと力士が引退をすることを思って書いた歌で、今までどこの引退相撲でも歌ったことがなかった。一番最初に歌うことになった相撲関係の人が輪島さんだったっていうのも非常に感慨深いというか、こういう巡り合わせになったんだと」としみじみ。歌詞の中で、太陽という意味で“日輪”という言葉を使っているが、「太陽にあえて日輪を当てたのは、輪島さんの輪を入れたかったから。その瞬間は思わず、遺影を見ましたね。(大切な歌に?)そうですね」と明かした。

 閣下にとって輪島さんは「我輩を相撲ファンにさせた男」とキッパリ。さらに「学生横綱を経て、大相撲で横綱まで上り詰めたのは輪島さんが初めて。相撲という伝統や格式を重んじる世界の中で、破天荒と言われるけど、1970年代の若者がどんな思考をしながら生活をしているのかという文化を相撲界に持ち込んだ人だと思っている。相撲界の中では、破天荒っていうことになっているけど、近代を相撲界に持ち込んだ最初の横綱と言っても過言ではない」とその存在の大きさを強調。昨今、相撲界ではさまざまな問題が起こっているが、「(輪島さんが相撲界の残っていたらという思いは)非常に強くある」と閣下。「(相撲協会に)残っていたら理事長にもなっていたかもしれないし、後進の育成という意味でも独特の考え方を持っている人だった。残っていたら、昨今の相撲界におけるいろいろなゴタゴタも少しは解決する役割を担っていたかもとは思う」と話した。

 取材時には、輪島さんがかわいがっていたという大相撲の横綱・白鵬(33=宮城野部屋)とのエピソードも披露。「まだ横綱に上る前の白鵬と、吾輩と(輪島さんの)の3人で鼎(てい)談したんです。(輪島さんが)白鵬にアドバイスする中で、日本語に混ぜて英語が入ってくるんです。そのたびに、白鵬が『英語は通じないから』『うちは英語じゃないから』と突っ込んでいるのが物凄くおかしかった。何回もやるんだよね、それを」と懐かしそうに笑った。また、輪島さんの遠縁に当たる平幕・輝の四股名を決める際には「ちょうど、安芸乃島の高田川親方と電話で話していて、『今、輪島さんと一緒にいるんだ』を話をしたら、『ちょっと聞きたいことがある』と輪島さんに代わって、相談していたのを吾輩は現場で聞いていた」と自慢げに語っていた。

[ 2018年10月15日 15:03 ]

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