小嶺忠敏監督、数年前に余命3カ月と宣告されていた 日本テレビの高校サッカー中継で明かされる

[ 2022年1月8日 16:13 ]

小嶺忠敏さん
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 第100回全国高校サッカー選手権で初の4強入りを果たした関東第一(東京B)が準決勝を辞退したことを受け、準決勝2試合を中継予定だった日本テレビは8日、関東第一が出場するはずだった第1試合の時間を特別編成。準々決勝まで全試合のハイライトシーンなどを放送した。

 その中で、国見を率いて1987年度の初制覇を含め全国高校選手権を戦後最多タイの6度制するなど稀代の名将として知られ、7日に76歳で死去した長崎総合科学大付・小嶺忠敏監督の功績についても10分以上の時間を割いて伝えた。

 VTRの中では、昨年11月に医師から止められながらも長崎総合科学大付監督として長崎県大会の指揮を執って全国切符を獲得したことも明かされた。青森山田の黒田剛監督(51)は「おそらく、この100回っていう節目の大会に出たくて出たくてここまで頑張ってこられたと思うんですけども、この試合のベンチにというところで、本当にあと一歩届かないところで、このような状況となったっていうことにすごくつらいというか、悔しいというか。いろいろな名将たちが指導者として、教育者として、子どもたちと本当に情熱で信念を持って向き合い、頑張ってやってきてくれたからこそ、多くのサッカーファンの心を揺さぶるまでの素晴らしい大会に発展したわけで。もう本当に感謝の言葉しかないですよね」と追悼。

 島原商時代の教え子である前橋育英の山田耕介監督(62)は「サッカーが少しぐらい上手だからってえらくもなんともない、と。日々精進していく、その中で人間的に成長していろいろな方々から認められる人間になる、それが本当にいい男になるんだよっていう話をずっとしてらっしゃいました」と故人の人柄を偲び、小嶺監督が島原商から国見に移って最初の教え子となった元日本代表FWでJ3相模原の高木琢也監督(54)は「やっぱり自分の中にはその小嶺先生の魂というか、やってこられたものを見て体現してきましたので、それが刷り込まれていたんだなっていうことを改めて感じましたので、教わってきた者としては恥ずかしくないサッカー人生をこれからやっていきたいと思いますし、それだけのことを教えていただいた小嶺先生には本当に感謝しかありません」と何度も声を詰まらせ、涙を流しながらコメント。VTRの最後には、小嶺監督が生前語った「私は本当にいい子どもに恵まれて、いい環境に、いい支援者に恵まれて、そして、このようないい結果が出るということは、まさに幸せ者でしてね。サッカーにありがとうと言いたいですね」というインタビューも放送された。

 VTR明けには、今大会前に小嶺監督を取材していた福岡放送の福岡竜馬アナウンサー(45)から「指導者として54年目。自分にできることはサッカーと子どもの教育しかない。体を張って生涯を閉じるまでやる。うちの監督は死ぬまで全力でやってくれたと選手が思ってくれるように」と話していたことが明かされるとともに、長崎の地元局の取材によるものとして小嶺監督が数年前に「余命3カ月」と告げられていたことも明かされ、最後は日本テレビの田辺研一郎アナウンサー(44)、元日本代表FWで解説者の城彰二氏(46)、元日本代表MFで解説者の中村憲剛氏(41)の4人で深々と頭を下げ、天国の小嶺監督に哀悼の意を捧げた。

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