宮川花子が「症候性多発性骨髄腫」公表 支える夫・大助を「また好きになりました」

[ 2019年12月12日 05:30 ]

「症候性多発性骨髄腫」であることを公表した宮川花子(前)と大介
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 体調不良で6月から休養中の夫婦漫才師「宮川大助・花子」の宮川花子(65)が11日、大阪市内で会見し「症候性多発性骨髄腫」で闘病中であることを公表した。現在は奈良県内の病院で治療を続けている。復帰のメドが立たない中、心配している芸人や、同じ病気で闘う人への思いも込めての経過報告。「大助君をまた好きになりました」と支えてくれる夫で相方の宮川大助(70)への感謝も口にした。

  半年ぶりの公の場。ニット帽とセーター姿の花子は車椅子に身を預けたままながらマシンガントークで笑いを誘いつつ、神妙に闘病の状況を明かした。

 「復帰会見となっていますが、メドは全く立っていません。退院の日もハッキリとは決まっていません」。夫の大助に付き添われながら現状を告白。それでも治療の結果、快方に向かっていることから会見に踏み切った。「手術を受け、放射線治療を受け、それでも生きていることを証明できた。これからも証明していきたい」。同じ病と闘う人たちへメッセージを送った。

 異変を感じたのは昨年3月。マラソンイベント出場後、腰に激しい痛みが出た。診断は「転移性の骨腫瘍の疑い」で医師から「余命半年の可能性がある」と告げられた。その後、精密検査で「形質細胞腫瘍」と診断された。

 放射線治療で症状は落ち着いたが今年1月の検査で、腫瘍が広範囲に広がったことが判明。花子は化学療法への不安などから約5カ月間、治療せず放置してしまったという。

 4月ごろから下半身がまひし左鎖骨などを骨折。右の眼球が腫瘍のため飛び出してくるなど危険な状態に陥った。6月24日の再検査では7カ所に腫瘍が見つかるほど悪化。検査した奈良医大病院の天野逸人医師(58)は「命に関わる状況。深刻だった」とした。 大助は「下半身不随も覚悟しました」と振り返る状態だったが、化学療法が劇的に効き「どんどん効果が出て足も動きだして。一日一日良くなってきている」と目を細めた。

 花子は「大助君が(ベッド周囲を仕切る)カーテンを開けた時に生きとかなアカン、起きとかなアカンと思った」と、毎日献身的に看病する夫を悲しませたくない思いが回復につながったと話した。

 「どんな人と一緒になるかやなく、最期を誰と迎えるか。いつお迎えが来ても幸せやなと思いました。また、好きになりました」。そんな花子の言葉に大助も鼻をすすりながら「余計に好きになった。大助・花子の人生劇場ですよ」と返した。

 鬼嫁キャラの花子だが、得意の手芸でカーテンやテーブルクロスを作る家庭的な一面を持ち、専業主婦が夢だった。大助の「夫婦で漫才したい」という気迫に負けて79年にコンビ結成。「病院に入る時から泣かないと決めてました。NGK(なんばグランド花月)の舞台に立った時に感謝の涙を流したいです」と“おもろい夫婦”完全復活を心に誓った。

◆宮川 花子(みやがわ・はなこ)1954年(昭29)8月28日生まれ、大阪府出身の65歳。大阪府警の警察官を経て、74年にチャンバラトリオに弟子入り。大助と76年4月に結婚し、79年11月に「宮川大助・花子」を結成。87年には上方漫才大賞を受賞した。90年には2度目の上方漫才大賞と、上方お笑い大賞をダブル受賞。近年は健康・介護などをテーマにした講演活動も行ってきた。

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