【悼む】奇麗な女優は大勢いた…しかし、完璧に美しいのは八千草薫だけだった

[ 2019年10月29日 08:16 ]

八千草薫さん死去

61年、「放浪記」初演時の取材スナップ(左から)林与一さん、浜木綿子、八千草薫さん、森光子さん
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 【悼む】八千草薫を語るときの男性ファンの表情はかつて、みんな一様に少年に戻っていたものだった。

 本当の永遠のマドンナ、それが八千草薫である。昔からずぬけた奇麗な女優は大勢いた。女優は美人がなるものとも思われていた。しかし、人には個性がある。個性とは癖でもあるから、小さな癖でも見る人によってはとても気になるものだ。しかし、八千草薫には美を少しでも損なうような嫌な癖はなかった。整い過ぎるほどに整った顔立ち。気品、静かで穏やかな物言い、決してがさつにならない挙措動作の端正さは見事というほかになかった。

 昨年、12年ぶりとなる舞台「黄昏」を村井国夫と共演して東京・紀伊国屋ホールで上演した折も彼女の魅力は変わらなかった。これまで数限りない映画やドラマに出演してきた。「宮本武蔵」や「蝶々夫人」などを挙げる人も多かろう。しかし、私は何の疑問もなく映画「ゆずり葉の頃」の八千草薫の演技が一等ずばぬけていたと確信する。

 この映画は、故岡本喜八監督作品のプロデューサーを長年務めてきた岡本みね子夫人が「たった1本映画を撮りたい」として旧姓中みね子の監督名で作ったものだが、八千草は共演した仲代達矢の好演と呼応するかのように画面で強い印象を残した。2015年に東京・岩波ホールで上映され、入場新記録を樹立した。八千草が演じたのは、幼い頃から憧れ続けていた男性が功なり名を遂げる画家となりながらも今や盲目となったところへ訪問してひとときの逢瀬(おうせ)を楽しむというもの。そこに流れるのはかけがえのない人生のはかなさと美しさ。八千草はそんな年輪を経た女性を深く美しく上品に演じてみせた。このことを彼女に大絶賛して伝えると「そう。ありがとう」と言葉少なに喜んでくれた。いつもそういう控えめな人だった。(木村 隆=スポニチOB)

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