堺雅人「真田丸」ラストへの思い なぜ幸村は目を閉じ、微笑んだのか

[ 2016年12月20日 10:00 ]

真田丸特別連載(8)「秘話」

大河ドラマ「真田丸」で異例の非公開だったクランクアップで撮影された最後のシーン。目を閉じる真田幸村(堺雅人)(C)NHK
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 劇作家の三谷幸喜氏(55)が戦国時代最後の名将・真田幸村の生涯を描き、ブームとなったNHK大河ドラマ「真田丸」(日曜後8・00)は18日、10分拡大版で最終回(第50話)を迎え、完結した。クランクアップ時に非公開になったのは、幸村最期の場面。主演の堺雅人(43)、全50回のうち最終回を含め最多18回を演出したチーフディレクターの木村隆文氏に“ラストシーン”に込めた思い、裏側を聞いた。

 1年2カ月に及んだ撮影は10月27日に終了。通常、大河ドラマのクランクアップは報道陣を呼び込み、取材が行われるが、今回は異例の非公開。それもそのはず。最後に撮影されたのは安居神社の境内、幸村最期のシーンだった。

 大坂夏の陣(慶長20年、1615年)。たった1人で徳川家康(内野聖陽)の陣に突っ込んだ幸村(堺)。家康に銃口を向け、ついに仕留めたと思われたが、失敗。敵兵に囲まれたものの、佐助(藤井隆)が煙幕を張り、難を逃れる…。場面は戦場から安居神社の境内へ。そこに現れた徳川兵2人を仕留めたが、幸村は「ここまでのようだな」と言い、自害を決意。佐助に刀を手渡す…。

 最終回の序盤、「わしら、死に物狂いで戦いますから」「真田様のためなら、命なんぞ惜しくないです」と言う足軽(スピンオフ動画「ダメ田十勇士」の面々)に対し、幸村は「私は命が惜しい。だから明日も決して死なん。必ずここへ戻ってくる。命を惜しめ。そして必ず勝て」と鼓舞。その幸村がなぜ…。最後の行動を、堺はこう解釈する。

 「美学として死ぬというよりは、相手に首を取られると、それだけ相手の作戦が立てやすく、実行しやすくなります。幸村が死んだと分かれば、徳川は幸村に割く兵力を削減できるので。相手に首を取られるというのは作戦上、よくないわけです。自分の首を取って逃げる佐助の体力の温存具合を見計らいながら、どうやらここがギリギリだから、ここまで来たら佐助に首を取って逃げてもらった方が作戦上よろしかろうという非常に現実的な選択だと思うんです」

 「幸村の生死を曖昧にした方が、豊臣にとっては戦略的に有効なわけで。だから『ここまでのようだな』というのは決して美学として言っているわけではなく、最後の最後まで職務をあきらめず、最後の最後まで職務を全うしたセリフだと思うんです」と今作最後の芝居への思いを明かした。幸村は最後まで“実務者”だった。

 一方「信繁(幸村)のどんな顔でドラマを終えようか、ずっと考えていました」という木村氏。「苦痛とか無念とか、そういう表情で終わりたくない。悟ったとまではいかないですが、僕は安らかというか、微笑みで終わりたいと思っていて。きっと無念とか、いろいろな感情はあったと思いますが、信繁としては自分がやるべき仕事は全部やったんだと、この世にあまり思いを引きずらず、安らかな顔で終わりたい」と演出プランを描いた。

 木村氏から「笑顔で終わりたい」と伝えられた堺は「いいと思います」と同意。さらに「最後に目を閉じたい」とアイデアを出した。台本には「信繁『……(空を見上げる)』」としか書かれていないが、オンエア上、幸村は空を見上げた後、目をつぶる。

 堺に真意を問うと「信繁はずっと見続けていた人、目を見開き続けた人だったので、最後くらいは目を閉じさせてもいいんじゃないかと。最後くらいはゆっくりすればいいんじゃないかと思いました」。信繁は上田から始まり、上杉に人質に出され、大坂で豊臣秀吉に仕え、九度山に幽閉、再び大坂へ。各地を転々とし、さまざまな人と出会い、さまざまな出来事を目撃した“目の男”。彼が「目を閉じる」=「見ることをやめる」。それは“目の男”の人生の最期の象徴になった。木村氏は「素敵な終わり方だったと思います」と感慨深げに振り返った。

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