永六輔さんお別れ会 永麻理、笑顔での別れ誓う「泣く方は出さない」

[ 2016年8月30日 10:11 ]

永六輔さんお別れの会「六輔 永のお別れ会」で、祭壇の前で囲み取材に応じ、笑顔を見せる永さんの次女でフリーアナウンサーの永麻理

 放送作家、作詞家などとして活躍し、7月7日に83歳で死去した永六輔(本名・永孝雄)さんのお別れの会「六輔 永(なが)のお別れ会」が30日、東京・港区の青山葬儀所で営まれた。会の前に永さんの次女でフリーアナウンサーの永麻理(54)が報道陣の取材に応じ、故人との思い出を語った。

 祭壇の前に立った麻理は「あまりに忙しくて、まだピンと来ないところもある。本当にたくさんの方が来てくださることがわかって、びっくりすることばっかりです。本当に凄い人なんだなって。小さい頃からあまり家に居ない父だったので、姉も私もそのうち帰ってくるんじゃない?って気持ちが続いています」と今の心境を吐露。「小さくなっちゃたってよく言うんですけど、大きいんですよ、父。笑っちゃうのも不謹慎なんですけど、大きな骨壷を用意したけど、溢れんばかりで。80代でこんなにお骨がキレイに残っている方って珍しいですよって言われて。最後の最後まで楽しませてくれる人だなって」と笑顔を見せながらも、「これが終わってちょっとホッとしてからでしょうかね。全然思ってもいないところでウッてくることもある」と話した。

 「楽しいことが大好きだったので、楽しく笑っちゃうような会にできたらということだけを考えてきた」と姉とともに会の準備を進めたという麻理。「父は偉そうにすること、派手なことが大嫌いだった。青山葬儀所でやること自体が派手かなとも思うんですけど、遺影にしても、お花にしてもすっきりとまとめたいねと、竹を使った和の雰囲気、粋な感じでお願いしますって話しました。遺影を選ぶのも大変だったんです。できるだけ父らしく作ろうねって頑張ったつもりですが、(永さんから)まだまだって言われそうですね」と苦笑い。「父はアイデアマンで、こういう場を仕切るのがものすごく上手だった。お友達の生前葬とかもだいぶプロデュースしてきた人だったので、なんで肝心な時に本人がいないんだろう、全部本人に仕切らせたらすごく楽しい会になったのにって。姉とずっと話してました」としみじみ続けた。

 報道陣から家族からの愛がこもった会場をほめられると、「全然ダメだし、式次第が進んでいくことにもっと笑わせろとか、時間をきっちりに収めろとか、そういうのが聞こえてきそう。すごい背中に圧力がありますね」と祭壇を振り返った。

 台風な関東にも接近する中で当日を迎えたことにも触れ、「父は面白いことを面白くするのが得意だったので、台風なら台風でそれを逆手にとって皆さんと楽しませる方法があるとずっと言っている感じがする。台風で遊ぶぐらいの余裕がほしいとずっと言っている気がする。台風も含めて面白がっているんだろうなと」と話した。

 「まるっきり自信はないのですが、やれるだけのことはやって、気持ちとしては泣く方は出さない、笑って帰っていただく、それが父の望むことだろうなと」と笑顔で話した麻理。「母が亡くなってからは私が料理を作ることが多かった。歯が悪いので、柔らかいものしか食べないなですけど、いまだにスーパーに行って、もういらないのかっていう瞬間があって、1人でスーパーでウルッとなってます」と目を潤ませながらも、「きょうはずっと笑います、泣きません」と前を見て、笑顔で締めくくった。

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