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巨人・阿部コーチが恩師に優勝誓う 宮井勝成氏をしのぶ会で決意新たに

[ 2022年1月16日 05:30 ]

宮井勝成さんの肖像画の前で笑顔を見せる(左から)巨人・阿部コーチ、ソフトバンク・王会長、ヤクルト・小川GM(撮影・会津 智海)
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 野球部監督として早実を1度、中大を4度日本一に導き、20年8月に94歳で死去した宮井勝成氏をしのぶ会が15日、都内ホテルで行われた。コロナ禍で延期されていたが、関係者300人が出席。中大総監督時代に指導を受けた巨人・阿部作戦兼ディフェンスチーフコーチは「コーチになってからも、周りを見てしっかりやれ、と言われていた。そういうのを全うしてやってみようかな」とリーグ優勝に向け決意を新たにした。

 大学入学時、真っ先に言われた言葉がある。「ヒットは3人でも1点取れねえんだ。おめえがあの柵を越えちゃえば1人で1点だよ」。小さくならずに思い切りスイングしろという、長所を伸ばすためのアドバイスを受け「俺の野球観を変えてくれた」と感謝。教え子一人一人の個性や長所を重視した指導法だった。チームは東都リーグの2部だったが、強打の捕手として大学1年時から全日本のメンバーに名を連ね、00年にはシドニー五輪にも出場した。

 宮井氏の口癖は「バカヤロー」だった。阿部コーチは「俺の名前はバカヤローかっていうくらい言われた」と振り返る。2年前、亡くなった直後に別れのあいさつをした際も「奇麗な顔をしていたし、今にも起き上がってバカヤローとか言われそうだった」と懐かしんだ。2軍監督を経て今季は1軍で新たな役職に挑戦する阿部コーチは「難しいこともあると思うけど、みんなと相談して、いいシーズンにしたい」と口元を引き締めた。(川島 毅洋)

 ◇宮井 勝成(みやい・かつなり)1926年(大15)4月14日生まれ、東京都出身。早実、中大で内外野手としてプレー。55年に早実監督に就任し、57年センバツで王貞治を擁して優勝。59年に中大監督に就任し、東都大学リーグ優勝8度、全日本大学選手権優勝3度、明治神宮大会優勝1度に導いた。94年に総監督に就任した。

 ≪王会長、宮井イズム継承≫発起人の一人となったソフトバンク・王貞治球団会長は早実時代の恩師の志を継承することを誓った。弔辞で「人間というのは、真面目一本でもだめ。優しいだけでもだめ。やっぱり強くなきゃいかんと教わりました」と思い出をかみしめた。宮井監督の下、エースとして57年のセンバツで優勝。「心の中では生きている。宮井イズムは我々が引き継いで、末永くつながっていく」と約束した。

 ≪ヤクルト小川GM、最後まで苦労を≫中大OBのヤクルト・小川淳司GMは「打てなかったのに使っていただいた。まだ(プロで)活動させてもらっているのは宮井さんのおかげ」と感謝した。思い出に残るシーンに大学4年時を挙げ「春に大学選手権で優勝できて恩返しが少しできたかなと思ったんですけど、秋は最下位。最後の最後まで苦労をかけてしまった」と話した。

 ▽主な参列者 王貞治、堀江康亘、小川淳司、阿部慎之助、末次利光、徳武定祐、永井智浩、宮田善久、石井丈裕、亀井善行、鍵谷陽平、会田有志、福田功、吉田孝司、河原井正雄、生田勉、鳥山泰孝、清水達也、大倉孝一、樋越勉、和泉実、野呂雅之、佐々木正雄、鈴木義信、古賀悠斗、高木ブー(順不同、敬称略)

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