侍ジャパン・稲葉監督 「感謝」の金メダルで日本に恩返し 新春インタビューで決意語る

[ 2021年1月3日 05:30 ]

色紙に「束」と記す侍ジャパン・稲葉監督(撮影・吉田 剛)
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 東京五輪に臨む侍ジャパンの稲葉篤紀監督(48)がスポニチ本紙の新春インタビューに応じた。コロナ禍による1年延期により、強いられた足踏み。その一方でより多くの選手の動きに目を光らせ、経済再開への第一歩を先陣を切って踏み出した野球の力も再認識した。胸に宿った思いは「感謝」。野球ファンのみならず、多くの国民にささげる感謝の金メダルを誓った。(聞き手、構成・後藤 茂樹)

 ――毎年新春インタビューでは今年の漢字一字をしたためてもらってきた。18年が「学」、19年が「創」、そして金メダルを誓う20年は結果を出す、自身の最終年で結びの年にすると「結」だった。
 「今年は“束”にしました。もう一度、結束する。国民の皆さんと結束力を持ち挑む。また今は医療従事者の方々が非常に大変な思いをされている。感謝の気持ちを持つ、花束を贈るという束。そんな意味も込めました」

 ――コロナの影響で昨季は球場に足を運ぶことさえ、一度もできなかった。逆に徹底して自宅でテレビ観戦した。
 「中止では非常に残念だったと思うが、新たに一年、選手を見られる、野球と向き合えるという考えになりました。ただし視察には行かない方がいいと」

 ――選考の選択肢はどう広がったのか。
 「基本は(世界一に輝いた19年の)プレミアのメンバーです。3年間試した中で勝って、あの布陣が理想だなと感じた。もちろん若い世代にもいい選手が出てきた。本当にいい悩みとして捉えています」

 ――昨年12月18日のスタッフ会議では、登録人数は制限のない3月9日提出期限の1次選手登録へ向け、180人以上リストアップした。
 「コロナの影響で、人数も含めて、どういう形で行われるかも分かりませんし。感染する選手も出てしまうかもしれない。いろんな想定の中で、選択肢は増やしていこうと」

 ――あくまで21年シーズンの中身を見定めるが、柱に据えた選手が一人いる。プレミア12で全試合4番を務め、MVPの広島・鈴木誠だ。
 「僕の中のイメージでは4番は鈴木誠也選手。昨年の成績含め、チャンスでの強さ、ここという時の一発。4番はコロコロ変えるのは考えにくいかなと。それ以上の選手が出てきてくれることも、もちろん期待してます」

 ――我慢のステイホームから一転、今季は積極的に球場に足を運ぶ。
 「選んだ選手は信用してやるしかないですし。球場へ視察に行き、選手たちといろんな話をしたいと思う」

 ――世界各地での予選や、出場を決めている韓国リーグの視察も、隔離期間を辞さずに回りたい意向がある。
 「現地で隔離が2週間として3週間が必要になる。いろいろ考えないといけないが、僕は行って見てみたい。韓国にも本当に行きたいと思っています」

 ――一変してしまった世界。その中でプロ野球は自粛から再開への先陣を切っていった。
 「無観客から始まり、ファンの方たちの応援の力を感じた。とにかく感謝の思いが強くなった。多くの会社や、医療従事者の方々も大変で。五輪、スポーツをやっていいのかどうか。ですが我々は野球をやってきて、それをやることで少しでもみんなが前向きになってくれるのであれば」

 ――多くのアスリートの決まり文句だった「国民に力を、勇気と希望を」という言葉は、「感謝」の2文字に置き換えられていた。
 「野球をやれる感謝、応援してもらえる感謝、医療従事者の方へも。いろんな感謝の思いを持ちながらやるオリンピックになるでしょう。その感謝を伝えるには、やはりあそこで金メダルを獲る。それが大事でしょうね」

 ◆稲葉 篤紀(いなば・あつのり)1972年(昭47)8月3日生まれ、愛知県出身の48歳。中京(現中京大中京)から法大を経て、94年ドラフト3位でヤクルト入り。04年オフにFAで日本ハムに移籍。08年北京五輪、09、13年のWBCに出場。14年に現役を引退。通算2213試合に出場し、2167安打で打率.286、261本塁打、1050打点。左投げ左打ち。

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