【木内監督追悼連載(2)】勝利のためなら何でも利用 趣味で磨かれた風と天気の読み

[ 2020年11月27日 05:30 ]

03年、好投手の東北・ダルビッシュを攻略し、夏の甲子園初優勝を飾り胴上げされる常総学院・木内監督
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 高校野球で茨城の取手二、常総学院の監督として春夏通算3度の甲子園優勝を果たした名将・木内幸男氏が24日に肺がんのために死去した。享年89。大胆な用兵や戦法を駆使した「木内マジック」で甲子園通算40勝。多くの高校野球ファンを魅了し続けた名将の足跡を振り返ってみる。

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 風を読み、雨に敏感だった。そして試合をする環境そのものを勝利に結びつけた。それも「木内マジック」の一端だったのかもしれない。木内氏は、球場の特性を事細かに調べて把握していた。

 「あの球場はね、狭いからいつものように打っちゃ駄目なんだ。午前と午後で風向きも変わる。そういうのを分かってないと」

 ある年の大会前。組み合わせが決まって予想を聞くと、対戦相手の傾向とともに使う球場のことを必ず気に掛けていた。茨城県内の公式戦で使用する球場なら、ほとんどの特性を把握。監督時代は采配に生かしていた。ただ、天気は気まぐれでもある。時には失敗することもあった。

 取手二を率いていたときのこと。すでに甲子園の常連校となっていたとき、ある夏の大会だった。相手は格下だ。その日の天気予報では、試合途中から強い雨が降るとなっていた。木内氏は「途中で雨が来っから。先に点取ったら、どんどん早打ちして試合を早く進めろ」と指示。それに応えて選手たちは序盤に先制し、その後は早いカウントから打って行った。ところが、試合中盤になっても雨が降ってこない。打線は早打ちでアウトを重ね、逆にそれが相手にはいい守備のリズムとなって流れが変わる。逆転され、反撃できまま試合は終わった。

 「雨が降んないもんだから、途中で“じっくり行け”と言っても駄目だった。高校生は一度、早打ちさせたらもう変えらんないんだよね。それで負けちゃったよ」。痛恨の失敗談。そんな風に甲子園行きを阻まれたこともある。でも、要所で風や天気、球場の特性を利して何度も厳しい試合に勝った。もちろん甲子園でも、だ。

 甲子園は浜風の特性はもちろん、大会が進むとマウンド後方が固くなって二遊間のゴロの球足が速くなってセンターへ抜けやすくなるという。「きれいにグラウンド整備してくれっからね。ローラーかけて。守備位置や走者の走路はスパイクの歯で柔らかくなんだけど、あの辺は選手が走らないから。大会の後半になるほど固くなんだ」。勝利のためなら風も天気も何でも生かすのが木内流だ。

 釣りとゴルフが趣味だった木内氏。風や天気を読む力は、趣味を通じて磨かれた。「海釣りだから。天気は重要なんだ」。そんな木内氏の“読み”は家族も助けていた。「今日は傘を持って行った方がいい?」。長女・京子さん(現姓岡田)はいつも家を出るとき、そう尋ねていたそうだ。

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