【内田雅也の追球】秋山直球の「ノビ」を考察する ホップ成分と「押す」リリース、そして「序破急」

[ 2020年10月26日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4-2巨人 ( 2020年10月25日    東京D )

<巨・神23> 力投する秋山(撮影・大森 寛明)
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 あと1人で完封は逃したが阪神・秋山拓巳の好投は味わい深かった。6安打(うち内野安打3本)2失点完投。112球の中心は直球だった。

 たとえば、岡本和真には4打席21球で15球が直球。空振り三振を奪った2、9回裏の2打席は14球中13球が直球だった。

 球速はほぼ137、8キロだが、巨人の打者は差し込まれていた。共同通信のプロ野球統計・分析サイト『TSUBASA』によると、秋山は今季のゴロ率が42%(24日現在)と低い「フライボール・ピッチャー」だ。この日もフライアウト12、ゴロアウト10とフライの方が多い。直球で押し込んでいたわけだ。

 130キロ台でも空振りを奪い、押し込める理由をよく、球の「ノビ」だと言う。ノビとは何だろう?

 この問題を解く時に前提となるのは打者の見た目である。打者は投球を最後まで見ることができない。よく野球の指導者が「最後までボールを見ろ」と指示するが、科学的には無理な注文だと言える。

 大リーグ最後の4割打者、テッド・ウィリアムズは打撃眼がいいことで知られていた。だが、1978年に邦訳が出た名著『バッティングの科学』(ベースボール・マガジン社)で記している。<私が回転しているレコード盤のラベルの文字を読むことができると言っている人もいるが、そんなことは私にはできない。バットがボールをとらえる瞬間を見ることができると言っている人もいるが、もちろん、そんなこともできない>。

 <しかし、その感触は体が覚えている>という通り、打者は経験からミートポイントを推測してバットを出している。

 重力があるため、直球でも、なだらかな下降線をたどって捕手に届く。近年導入されたトラックマンを使えば、この重力の影響のみを受けて到達した地点を原点として、ボールの縦横の変化量を数値化できる。

 140キロそこそこの直球で大リーガーを牛耳っていた上原浩治の2017年当時の直球の縦の変化量(ホップ成分)は53センチで、大リーグ平均より10センチ以上大きかった=『新時代の野球データ論』(カンゼン)=。秋山のトラックマン・データは手もとにないが、恐らくこのホップ成分が大きいのだろう。打者の推測以上に直球はノビていることになる。

 秋山はよく「球持ちがいい」と言われる。ボールを離すリリースポイントが打者により近い。これで打者の推測を狂わせる。牛島和彦(本紙評論家)はノビを生むには「ボールを離す瞬間、最後に押してやる」と語っていた。秋山が腕を振る時のスローVTRを見れば、リリースの瞬間は「切る」より「押す」と表現したい動きだった。

 もちろん、定評ある制球力が根底にあるのは言うまでもない。この日も無四球完投だった。先の『TSUBASA』によると、今季のストライク率はセ・リーグで大野雄大(中日)の68・2%に次ぐ68・1%だ。

 最後にもう一つ。秋山は無走者の時、今では数少ないワインドアップ投法だ。豊田泰光(故人)が本紙評論家当時、振りかぶる動作を美しいとたたえ、雅楽・舞楽の「序破急」にたとえていた。低速度の「序」から「破」で拍子が加わり「急」で加速する。
 打者が推測して打つ以上、錯覚を誘うことがカギを握る。ゆったりと動き、ピュッと来るのは、かつての江川卓のようでもある。あのフォームにノビの本質があるのかもしれない。=敬称略=(編集委員)

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