【内田雅也の追球】無言で強烈な意思表明――阪神・矢野監督、大山にバント指令

[ 2020年2月6日 08:00 ]

<阪神キャンプ>ケース打撃で送りバントを失敗する大山(撮影・大森 寛明)
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 「ケース打撃」はアウトカウントや走者を想定して行う打撃練習だ。ベンチの作戦がサインで指示される。監督の意図をくんで、いかに遂行できるかという実戦訓練だ。

 阪神の沖縄・宜野座キャンプで5日、初めてケース打撃が行われた。三塁ベースコーチ・藤本敦士からブロックサインが出る。ここで見えたのは後方に控えていた監督・矢野燿大の方針、姿勢だった。

 それは特に大山悠輔の打席で顕著だった。

 高橋遥人に対した打席で無死一、二塁を想定し指示は送りバントだった。初球をバントしたが、捕手への小飛球となり失敗。二塁走者も飛び出して併殺に終わった。

 投手が浜地真澄に代わった打席もまた無死一、二塁で指示も送りバントだった。今度は一塁前に転がしたが、打球が強すぎて二塁走者は三封。バントは連続して失敗に終わった。

 4番候補にバントを指示した姿勢に感じ入る。当たり前だが、主軸にもバントはある。1点を争う展開では成否が勝敗を分ける。そんな意識付けには大山へのバント指示は印象的で効果的だ。

 この点を矢野に聞くと「ええ、分かります」と認めた。「僕のチームへのメッセージでした」。そして「悠輔にバントさせることでより伝わるかなと思いました。1回失敗してもう1回という点もそういうことです」。無言だが、強い意思表明である。

 ケース打撃終了直後、円陣を組んでのミーティングでは選手たちに言った。「失敗したから良かったという言い方は変だが、失敗したからこそ、バントを練習しようと思うだろう」

 以前、当欄で書いたように、マラソン指導者・小出義雄が言う「せっかく、と思え」の姿勢である。「せっかく失敗したのだから」と思えれば、前向きに練習できる。

 この日、宜野座にやって来た新井貴浩(本紙評論家)は大山を気にかけていた。大学卒の大型三塁手として自身と重なる部分が多いのだろう。

 新井の生涯犠打はわずか4個。2006年以降18年に引退するまで13年間はゼロだが、バント失敗はあった。12年8月21日の中日戦(京セラ)では9回裏無死一、二塁でバントを空振りし二塁走者も憤死。試合は0―1で敗れた。

 広島復帰後の15年9月12日、阪神戦(甲子園)では同点の8回表無死一塁で、自らの判断でバントしたが、投前併殺を食っている。

 また、評論家としても昨年3月31日、広島―巨人戦(マツダ)では、坂本勇人にバントを命じた巨人監督・原辰徳の采配を「全員で1勝を奪いにいく……という無言のメッセージ。俺はこう戦うぞ、おまえたち付いて来いよ……と鼓舞しているように映った」とたたえていた。

 この日の大山へのバント指令もそういうメッセージなのだ。今季、大山の送りバントが絶賛される試合があれば、それは優勝に値するチームになったという意味である。=敬称略=(編集委員)

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2020年2月6日のニュース