【内田雅也の追球】「鬼軍曹」の「百訓」――入寮した阪神ルーキーたちに贈る

[ 2020年1月8日 08:34 ]

寮長時代の梅本正之さん(左)と井川慶投手=梅本さん提供=
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 後に「名物寮長」「鬼軍曹」と呼ばれる梅本正之(83)が阪神独身寮「虎風荘」の寮長に就いたのは1984(昭和59)年だった。スコアラーからの異動を告げた当時の球団社長・小津正次郎から『寮長百訓』という書物を手渡された。巨人・多摩川合宿所の寮長を長年務めた武宮敏明(1921―2010年)が書き残したものだ。

 「この中にヒントがあるはずだ」と小津は言った。梅本の著書『虎風荘の若トラたち』(編集協力・内匠宏幸、日刊スポーツ出版社)にある。「若い選手こそがタイガースにとっての財産なんだ。その財産を大きくできるかどうか。だから君の仕事は重要なんだ」

 梅本は何度も読み返した。84―95年、98―2003年と計18年間にわたり、寮長を務める際の指針となった。

 その『寮長百訓』を昨年12月、梅本から提供を受け、複写させてもらった。A4判48ページ、ずいぶんと傷み、ところどころに赤ペンで印やラインが引かれていた。

 冒頭には、有名な王貞治と荒川博の師弟関係を例に愛情、努力、根気の重要性が説かれている。次いで<人に教えてもらえる選手になれ>と<毎日こつこつと練習に励んでいれば、必ず誰かが見ている><上の人から教えてもらえる選手になることが成功への近道>と説明している。

 <酒を覚え、女に夢中になれば、その選手は終わりである><有望な素質を持ちながら消えていった数多くの選手を知る>とある。梅本も幾度も酒と女のトラブルにあった。スナックの女性と「結婚したい」と相談にきた選手がいた。風俗嬢と交際した選手に「オレの女に」と男が現れた。金銭を要求された。球団には伝えず、自ら体を張って選手を守った。

 「大成してスターになった者がいる一方、志半ばで去っていった者の方が多い。誰でも退団後の人生の方が長いんだ。社会に通用する人間をつくらねばならない」

 古い話のようだが『百訓』に<今の若い者は>として時代や気質が変われど<野球に対する取り組み方に違いがあるわけはない>とある。<夢は今の若者も昔の若者も同じである。流す汗が変わらぬように>。

 教えはむろん、今でも通用する。7日の夜明けごろ、散歩で虎風荘の前を通った。いくつかの部屋に明かりがついていた。前日入寮した新人たちを思った。=敬称略=(編集委員)

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