無二の親友・鶴岡が語る賢介「言いたいこと言い合える関係」続いた17年間

[ 2019年9月28日 07:45 ]

日本ハム 田中賢引退試合   日本ハム1―5オリックス ( 2019年9月27日    札幌D )

引退セレモニー、鶴岡から花束を受け取る田中賢(左)(撮影・高橋茂夫)
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 田中賢の引退試合に、本人が「親友」と言い切る同僚・鶴岡慎也捕手(38)が花を添えた。8回、代打で登場して中前打。田中賢の適時打につながった。ユニホームを脱いだ友への思いを聞いた。(八田 朝尊)

 賢介のフェンス直撃打を見て、思わずうなった。「引退する人の打撃じゃない。もったいない。けど、惜しまれながらやめるのが彼の美学だから」。その一打を呼んだのは鶴岡自身だ。8回、約3カ月ぶりの打席で中前打。好機を切り開いた。

 同学年の親友。セレモニーで花束を渡し、賢介の涙にもらい泣きした。「いろいろ思い出した。関係はこれからも変わらないけど、野球を一緒にやれなくなる寂しさはある」としんみり話した。

 02年ドラフト8位で入団した時、賢介は既に1軍クラスの選手だった。追いつきたい一心で猛練習。06年にはともに主力として日本一に貢献した。「歴史的な出来事の中に自分たちがいたことがうれしかった」。思い出の年は賢介と同じだ。

 若いころは一杯のラーメンを食べるか否かでケンカしたこともあった。野球に対してストイック。自分に厳しく、友にも厳しく…お互いのために。「なれ合いじゃない言いたいことを言い合える関係」は今も続いている。

 12年オフ、賢介がジャイアンツに移籍した。日本ハムとの3年契約を途中で破棄してのメジャー挑戦に「あと1年待ってお金をもらってから行けばいいのにと。バカだなぁとも思ったけど、うらやましいなとも思った。本当に夢を追い掛けて行ったんだなと」。13年7月9日、メッツ戦でのメジャー初安打は「自分のことのようにうれしかった」という。

 13年オフには鶴岡がソフトバンクへFA移籍。決断前には「“どうしたらいい”って1日に2、3回電話した。“挑戦した方がいいよ。人生1回しかないから”と背中を押してくれた」。夢を追って海を渡った男の言葉には説得力があった。

 忘れられない試合がある。15年8月28日。日本ハムに復帰した賢介はソフトバンク戦で満塁弾を放った。その時、敵としてマスクをかぶっていたのが鶴岡。「勘弁してよ。俺をクビにする気か…」。何度も野球論を交わした親友との対決。「技術もあるし、読みも鋭い。どんな組み立てをしても悪いイメージしか浮かんでこなかった」。身を持って凄さを知った瞬間だった。

 賢介は昨季限りでの引退も考えていたが「来年までやったら」と引き留めた。「あれだけ実績を残した選手。引退試合もせずパッとやめるのはどうかと思ったし、今年のファンの声援を聞いて、本当に良かったと思う」

 将来、指導者として一緒のユニホームを着てほしいと思うファンは多い。「こればかりは僕らが決められることではないけど、日本ハムで携われたらいいなという気持ちはある」。いつの日かまた一緒に――。最後は笑って「お疲れさま。ゆっくり休んでエネルギーをためてください。ゴルフうまくなるんだろうなぁ。今でも十分うまいのに」と話した。

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