【元NHKアナ小野塚康之の一喜一憂】実況眼で見極めた奥川投手は超Aクラス

[ 2019年8月8日 05:30 ]

第101回全国高校野球選手権 第2日1回戦   星稜1―0旭川大高 ( 2019年8月7日    甲子園 )

<旭川大高・星稜>7回、強風で砂煙が舞い上がる中、力投する星稜・奥川(撮影・北條 貴史)
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 鮮やかな星稜イエローに身を包んだ奥川恭伸投手(3年)が一塁側のベンチを出てアルプススタンド前の投球練習場に向った。期待の高まる大応援団の拍手が迎える。4回目の甲子園。その能力の高さは既に実証済みだが、彼のすばらしさを私なりに実感してみたいと思った。

 ここからは実況のつもりで見て行くことにした。投球練習は、初めは肩慣らしのキャッチボール、美しいラインを描いたボールが捕手の顔の高さくらいに構えたミットに吸い込まれる。捕手が座って本格的なピッチングに入ると両サイド、低めに構えた要求通りに、ほぼ投げ込む。次はスライダー、さらにクイックでも。15球、1球たりとも高めや、抜けるなどの意思に反するようなボールはなかった。

 「完璧だ!しかもわずかな球数で。こんなに気持ち良く見える投球練習にあまり接したことがないぞ!」。ワクワク感が高まった。いわゆるブルペンが絶好調だから、それがそのまま試合につながるかとは言い切れないが、でも間違いなく状態は「良い」と確信した。

 さあゲームは自分がラジオで実況する積りで1球1球見て行く。「投げました。打ちました」と心の中で呟くのだ。きっちり実況するとその投手の良さが見えて来る。ボールの速い投手にはその間合いに合わせて言葉を発しないと遅れてしまうし、投げる前のキャッチャーミットの位置などを描写すればコントロールも見極められるのだ。

 1回の裏マウンドに立った奥川投手の2019年夏、3年生最後の甲子園のスタートだ。

 1球目127キロのスライダー、速球と読んでいたのでまず完全にタイミングを外された。

 2球目は148キロの速球、打者はファウル、ちょっと遅れ気味。「私の実況もだ。なんだろう理由は?」奥川投手は1メートル83センチ、150キロ超の右のオーバーハンドの本格派だ。しかしフォームには特徴がある。踏みだす足幅が少し狭く、高い位置からリリースし、左足が着地する時に左ひざが素早く半転して着地する。体重移動を絶妙の切り返しで行うので間合いは独特で打者としたら少し遅れると思う。私も描写が遅れ気味と気付いた。結局この打者は153キロの外角速球で空振りの三振、どよめきが球場を覆った。ベース付近の終速が落ちない。実況して感じる。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだ松坂大輔だ!」(1998年横浜)

 2回、先頭打者にヒットを許しバントで送られ、1死二塁、6番7番の左の打者を迎える。

 絶対に抑えたいところ、ここで共にインコースの速球で押す攻めだ。6球で2つのアウトを奪う。1球もコースを間違えない正確さ。キャッチャーのミットの位置を描写しながら思った。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだ森尾和貴だ!」(1992年西日本短大付)

 3回、下位打線から2巡目に。8番9番は少しスピードを落とした144~145キロの、コントロール重視の速球でテンポよく内野ゴロに。2巡目のトップバッターには変化球と150キロの速球も織り交ぜてカウントを整え、ラストボールはスライダーを外角いっぱいに決め空振りの三振。この回は無駄を省きつつリズムよく入り、2巡目の1番にはすべてを使って慎重に。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだ桑田真澄だ!」(1983年他PL学園)

 4回、1点を争うゲームで先頭にヒットを許す。相手は送りたいところだが、コースをつく速球と、ここまで投げていない変化球で2ストライクと追い込む。バントしないと判断して速球勝負でショートゴロ併殺。ピンチを未然に防ぐために私も良く識別できなかった球種を始めて使うなど奥の深さを見せた。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだダルビッシュ有だ!」(2003年他東北)

 中盤の5回、相手もストレートに目が慣れてきてファウルにされ、この回は四球も初めて出した。そんなイニングを支えたのが低めのスライダー。彼にとってスライダーは素晴らしい第2球種だ。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだ斎藤佑樹だ!」(2006年早実)

 6回、1番からの好打順、見事に3人で退けた。ここで印象に残ったのは3番打者を三振に仕留めたストレート。アウトコースいっぱい、フォームもゆったりとして見事な1球、芸術品のように美しかった。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだ江川卓だ!」(1973年作新学院)

 7回、1対0とリードしながら追加点が取れず、守りから流れを作りたいところ。ここは少々力を入れたようで打者を押し込むような質の良いボールを並べてハイテンポ。わずか8球で4・5・6番の打線の濃い所を抑え込んだ。

 「こんなピッチャー過去に見たな!そうだ水野雄仁だ!」(1983年他池田)

 8回、下位打線、ここは終盤、1つのアウトを取るために1球もおろそかにできない場面。疲れも溜まっているはずだが丁寧、かつリズムの良い大人のピッチングを展開、3人で退けポーカーフェイスでベンチに戻って来る。

 「こんなピッチャー過去にいたよな!そうだ太田幸司だ!」(1969年他三沢)

 さあ1対0で迎えた最終回、9回裏のマウンドだ。表の攻撃で自分はバントを失敗、痛恨の思いもあるだろう。しかも相手の攻撃は1番から。何かが起こることも想定しながら“心の実況”を続けた。先頭打者がいい当たりのサードゴロ、しかし三塁手のグラブさばき良くアウトに取る。やはり6回以降パーフェクトピッチングが続き、守りやすさもあるのだろう。次の打者は甘く入った変化球をライトへのいい当たり、しかしこれも守備範囲。甘く見えても変化の鋭さは変わらず、芯は少し外してるってことかと感じた。これで2アウト。そして最後の打者もライトフライで試合終了。ラストボールの球速は150キロとここに来てもアゲアゲだった。

 「こんなピッチャー過去にいたな!そうだ田中将大だ!」(2006年他駒大苫小牧)

 結局、奥川投手は3安打完封、1対0の最も投手にとって過酷なゲームを勝ち切った。私としても心の中で集中して実況しながら見ていて、ものすごく楽しかった。多くの素晴らしい投手たちにイメージをだぶらせて来たが、奥川投手のもう一つ素晴らしかったことは、過去3回の甲子園出場の時には球場に到着してバスを降りた時から必要以上の緊張状態になっていたそうだが、今日はプレーボールがかかっても心身ともに程よく心地よい張りがあったという。甲子園の大敵を克服できた奥川投手にどこまでも期待が膨らむ。

 ◆小野塚 康之(おのづか やすゆき)元NHKアナウンサー。1957年(昭32)5月23日、東京都出身の62歳。学習院大から80年にNHK入局。東京アナウンス室、大阪局、福岡局などに勤務。野球実況一筋30数年。甲子園での高校野球は春夏通じて300試合以上実況。プロ野球、オリンピックは夏冬あわせ5回の現地実況。2019年にNHKを退局し、フリーアナウンサーに。(小野塚氏の塚は正しくは旧字体)

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