悔し涙の清宮「絶対忘れたくない」 新チームでは「4番・三塁」

[ 2015年8月20日 05:33 ]

<早実・仙台育英>仙台育英に敗れ、目を真っ赤にし涙ながらに甲子園を去る早実・清宮

第97回全国高校野球選手権第13日・準決勝 早実0―7仙台育英

(8月19日 甲子園)
 「和製ベーブ・ルース」が初めての甲子園に、涙で別れを告げた。準決勝2試合があり、早実(西東京)は仙台育英(宮城)に0―7で敗戦。清宮幸太郎内野手(1年)は内野安打1本に封じられ、今大会で初めて打点がなかった。それでも、全5試合で安打し、PL学園・桑田以来の1年生最多タイとなる2本塁打を記録して強烈な印象を残した16歳の夏。甲子園の土は持ち帰らず、雪辱を期して大舞台を去った。

 我慢しても、感情のしずくはどんどんあふれてきた。これほど泣けたのは清宮にとって初めての経験だった。引き揚げる際、名残惜しそうに何度もグラウンドを見渡した。「もうここを去らなきゃいけないんだと…甲子園が見送ってくれているような気がして、ありがとうございましたという気持ちだった」。目にいっぱいためた涙を「全国制覇」と書かれたタオルで何度もぬぐった。

 「相手の校歌を聴いている時の光景は絶対忘れたくない。負けてしまったんだと実感した」

 仙台育英・佐藤世の前にチームは6安打完封を喫した。清宮も直球、フォークのコンビネーションと徹底した外角攻めにほんろうされた。初回1死一塁では外角低め直球で二ゴロを打たされ今大会初の併殺打。3回は外角高めの球になんとか合わせて二塁内野安打としたが「自分のスイングをさせてもらえなかった」。四球を挟み8回の最終打席もフォークに二飛に終わった。

 初めての夏は終わった。1回戦、準決勝は超満員。大観衆、そしてテレビを見 る高校野球ファンの記憶に焼き付く打棒だった。1年生では史上初の2試合連続本塁打をマークし計8打点の活躍。高校公式戦デビューから14戦連続安打 のまま舞台を降りた。

 常に注目を浴びる中でも結果を出し続けてきたのは自ら3年生の輪に入っていく物おじしない性格に加えそれを上級生が受け入れていたからだ。「楽しく伸び伸びとやれる環境をつくっていただいた。3年生の方々がいなかったら今の自分もなかった」。騒々しい中でも練習帰りにはジュースをおごってもらったり甲子園入りしてからは阪神の試合を見ながら盛り上がったり。ささやかな楽しみを先輩がつくってくれた。フィーバーが過熱すれば全員で周りをガードしてくれた。「感謝してもしきれない存在…生まれ変わってもう一回野球ができるならもう一回、この上級生の皆さんと野球がしたい」と言って、また泣いた。

 甲子園の土は持ち帰らなかった。「また戻ってくるんで。いらないッス」。近く始動する新チームでは、かねて取り組んでいた三塁の練習を本格化させる。打順は、加藤主将が抜ける4番をおのずと任されそうだ。「このままでは全国制覇できない。もっと練習して、絶対に戻ってくるんだという思いです。この舞台を一生忘れずに、悔しさも絶対に忘れないで戻ってきて、上級生の分まで躍動できれば」と誓った。 (松井 いつき)

 ▼日本ハム・斎藤(早実OB。06年優勝投手)悔しい。けど、よくベスト4まで行ってくれた。清宮くんは甲子園に出るチャンスがあと4回あると思うので、一回でも多く行けるように頑張ってほしい。大変だろうけど、それをパワーに変えていってもらえれば。

 ▼早実・和泉実監督(1915年の第1回大会と同じ準決勝敗退)精いっぱいやった中での結果。100年後の後輩にも頑張ったと報告できると思う。

 ▼早実・加藤主将(4打数無安打)悔しい。中軸がチャンスで打てば点が入っていたかもしれなかった。後輩たちにはまたここから頑張って全国制覇してほしい。

 ≪清宮の主な1年生記録(48年学制改革以降)≫

 ☆大会2本塁打=83年PL学園・桑田以来最多タイ

 ☆2試合連続本塁打=初

 ☆大会8打点=83年PL学園・桑田以来

 ☆大会9安打=03年東北・加藤以来

 ☆5試合連続安打=05年大阪桐蔭・中田以来

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