【ジャンプ】丸山希が銅メダル「感謝したい」 日本選手メダル1号! 高梨沙羅と熱い抱擁

[ 2026年2月8日 04:30 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第2日 女子個人ノーマルヒル ( 2026年2月7日    プレダッツォ・ジャンプ競技場 )

丸山希は2回目を終えてメダルを確定すると高梨沙羅と並んで両手を突き上げる(AP)
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 ミラノ・コルティナ冬季五輪のノルディックスキー・ジャンプの女子個人ノーマルヒル(ヒルサイズHS=107メートル)が7日(日本時間8日)、プレダッツォ・ジャンプ競技場で行われ、丸山希(27=北野建設)が銅メダルを獲得した。同種目のメダルは2018年の平昌五輪で高梨沙羅が銅メダルを獲得して以来、日本女子2人目の快挙となった。これが今大会で日本選手のメダル1号となった。

 3位で迎えた運命の2回目。丸山はK点を超える100メートルのジャンプでテレマークも決めた。合計261・8点でこの時点でトップに立ち、ガッツポーズ。待ち構えた高梨沙羅らと熱い抱擁をかわした。残る2人、1回目2位のプレブツ(スロベニア)、トップのストレム(ノルウェー)には抜かれたが、重圧をはねのけた。

 「苦労した4年間だったので、まさか初日で取れると思ってなかったんですけど、ノーマルヒルで銅メダル取ることができて、すごくうれしいです」と笑顔で語った。「To Beatのラインが1本目よりも2本目は落ち着いて見えていたので、確信して飛べた。1本目より良いジャンプができたかなって思います。ノーマルヒルはきん差になると思っていた。積み重ねてきたものがきょうの2本目に出せて良かった」と話した。

 1回目、49番目スタートの丸山は97メートル、135・7点で3位につけた。トップのストレムは136・9点でわずか1・2点差と小差。距離換算でわずか50センチ差だった。

 丸山は1998年長野五輪の4カ月後に、長野・野沢温泉村で生まれた。ジャンプとの出会いは小学1年生。「コーチが両側から抱えてくれて。でも、いきなり手を離されて飛んだのを覚えています」。4年生で本格的に競技を開始し、同学年は丸山と男子2人。当時は男女のカテゴリー分けもなく、大会で負けると悔し涙を流した。この時から、負けず嫌いな性格が培われた。

 ただ当時は世界を意識する存在ではなかった。おぼろげだった五輪の目標が明確になったのは明大時代。14年ソチ五輪で葛西紀明が銀メダル獲得する姿に「輝かしい舞台を自分も目指したい」と心を動かされた。しかし、試練が待っていた。

 代表入りが有力視された22年北京五輪直前の全日本選手権で着地の際に転倒。左前十字靱帯(じんたい)を損傷するケガを負った。「その時は競技歴の中で一番良いジャンプだった」。転倒の瞬間は覚えていないが、空中の感覚は体に残っていた。歩くことから始めたリハビリ。「ゼロから始まった」という4年間は、その会心の飛躍を取り戻す旅でもあった。

 そして五輪イヤーの今季、未勝利だった丸山は一気にブレークした。背景には昨季から取り組む足裏の感覚を重視した助走の改善がある。今季ここまで6勝。初の五輪の舞台にメダル候補として立った。

 「1人1人に感謝したい。ミックス、ラージヒルもきょう以上に自分のジャンプの完成度を上げていきたい」と丸山は言った。「金メダルを目指す」。そう言い切れる強さの裏には、積み重ねた練習への自信と、天国の母への思いがある。高校時代に病気で亡くなった母・信子さんから、繰り返し言われてきた。「何かで1番になりなさい」。その言葉を胸に、丸山は人生最高の飛躍に挑み、メダルを手にした。そして、まだ頂点を目指す戦いには続きがある。

 ◇丸山 希(まるやま・のぞみ)1998年(平10)6月2日生まれ、長野県野沢温泉村出身の27歳。姉の影響で小1で初めてジャンプをし、小4で本格的に競技を始める。長野・飯山高、明大を経て北野建設に所属。18年12月のリレハンメル大会でW杯初出場。世界選手権は4度出場し、23年個人ラージヒル4位。昨夏の国際大会、グランプリで個人総合優勝。W杯今季6勝。1メートル61。

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