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美誠&水谷 日本卓球界の歴史変えた金メダル 歓喜のハグは“痛いからやめて~”

[ 2021年7月27日 05:30 ]

東京五輪第4日 卓球混合ダブルス決勝 ( 2021年7月26日    東京体育館 )

<卓球混合ダブルス決勝>第7セット、金メダルを決め歓喜の伊藤(左)と水谷(撮影・会津 智海)
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 新種目の混合ダブルスで水谷隼(32=木下グループ)、伊藤美誠(20=スターツ)組が日本勢初の金メダルを獲得した。決勝で第1シードの許キン、劉詩ブン組(中国)を4―3逆転勝ち。五輪ではシングルス、ダブルス、団体戦で28戦全敗だった中国勢を下し、1988年ソウル五輪から採用された卓球で日本勢の悲願だった頂点を極めた。

 故郷で、きょうだいのように過ごした2人が夢をつかんだ。最終ゲームは水谷の連続得点で先手を取った。伊藤の強打も面白いように決まる。最大で8―0に広げた。最後は伊藤のサーブが決まった。過去4戦全敗の天敵ペアに勝った。抱き合った。金メダルはうれしい。それ以上に、中国に勝った事実が感情を爆発させた。

 「世界選手権でも、今までどれも銀メダルや銅メダル。日の丸をてっぺんに揚げることができなかった。日本の国旗が一番上にあって、君が代を聴けたのはアスリートとして最高の瞬間だった」

 水谷は天に昇る気持ちだった。伊藤も興奮を抑えきれなかった。

 「日本でやっているからこそ、最後まで諦めない気持ちだった。気持ちで勝てるって、改めて思いました」

 2ゲームを連取されて迎えた第3ゲーム。独特の変化をさせながら強打を打ち込んでくる男子・許キンのボールに伊藤が対応し始めた。強打で決めて1ゲーム返した。水谷が「相手の緊張が伝わった。1つ取れば流れは来ると思った」と読んでいた通り逆襲が始まった。

 水谷の両親が静岡県磐田市に設立した卓球クラブで2人は育った。水谷は自宅から徒歩10分の距離に住む12歳離れた伊藤を、妹のように可愛がった。プロレスごっこでよく遊んだ。伊藤家のリビングにある卓球台をテーブル代わりにして一緒に食事をした。「みま」、「じゅん」と呼びあう敬語無用の仲だ。

 16年リオデジャネイロ五輪で、水谷は団体で銀、個人で銅メダルを獲得し、伊藤は団体で銅を手にした。ここから2人の成長曲線が交差する。妹分は女子のエースに成長する一方、兄貴分は若手の張本の台頭もあって勢いを失った。東京五輪はシングルス代表を逃した。卓球界の記録をことごとく打ち立ててきた“キング”のプライドは打ち砕かれた。

 心に火がともったのは、伊藤がいたからだ。五輪の正式種目になるまで、興味すら抱かなかった「混合」。ダブルスもうまい伊藤となら「金メダルを獲れる公算が大きい」と本気になった。伊藤も遠慮はしない。発言はいつも上から目線。相方の出来がピリッとしないときは、「(調子が上がるのを)待っています。いつ出るかを」とハッパをかけた。

 優勝会見は、仲がいい「みまじゅん」らしさ全開。水谷は抱きついた場面を振り返り、「伊藤選手が拒否気味で、痛いとはねのけられたのがつらかった」と苦笑い。きょうだいのような2人だからこそ、世界一になれた。

 《29試合目で待望白星》日本の水谷・伊藤組が中国ペアに勝利した。卓球が五輪競技となった88年ソウル大会以降、日本勢は中国勢とシングルス19試合(男7女12)、ダブルス7試合(男3女4)、団体2試合(男1女1)を戦い、28戦全敗。29試合目にして、待望の初勝利となった。なお16年リオ大会の男子団体決勝は1―3で敗れたが、唯一の1勝は水谷がシングルスで挙げている。

 《五輪で銀2銅2》日本卓球がこれまで獲得してきたメダルは銀2つと銅2つだった。12年ロンドン大会で女子団体(石川佳純、福原愛、平野早矢香)が卓球史上初となる銀メダル。16年リオ大会の男子シングルスで水谷隼が銅メダルを獲得した。同大会の男子団体(水谷隼、吉村真晴、丹羽孝希)で銀、女子団体(伊藤美誠、石川佳純、福原愛)で銅メダルだった。

 《中国に衝撃》中国国営通信の新華社は東京五輪の卓球混合ダブルスで水谷隼、伊藤美誠のペアが決勝で中国組を破ったことを速報で伝えた。敗北は衝撃をもって受け止められ、国営中央テレビの司会者は「中国の卓球チームを信じてください」と述べ、落ち込まないよう視聴者に呼び掛けた。中国の短文投稿サイト、微博(ウェイボ)には「受け入れられない」「この試合結果は予想していなかった」などのコメントが相次いだ。

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2021年7月27日のニュース