古賀玄暉 お父さん、勝ったよ 天国に届けた父子制覇 左膝負傷乗り越え、92年バルセロナの“再現”

[ 2021年4月5日 05:30 ]

柔道全日本選抜体重別選手権最終日 ( 2021年4月4日    福岡国際センター )

男子60キロ級優勝インタビューで、急逝した父・稔彦さんを思い、涙を見せる古賀玄暉
Photo By 代表撮影

 男子全7階級が行われ、60キロ級では先月24日に53歳で亡くなった92年バルセロナ五輪男子71キロ級金メダリストの古賀稔彦さんの次男・玄暉(22=旭化成)が初優勝を果たし、6月の世界選手権(ブダペスト)に初選出された。天国の父にささげる優勝で、父子優勝も達成。左膝のケガと大きな悲しみを乗り越え、24年パリ五輪代表争いのスタートラインに立った。

 無観客開催で、得賞歌も流れぬ簡素な表彰式。金メダルを首に下げた古賀は、うっすら涙を浮かべて天井を見上げた。お父さん、勝ったよ――。優勝インタビューでは「何も恩返しできずに亡くなってしまったので、何としても優勝したいという気持ちで戦った。覚悟は今まで以上に強かったので、最後まで勝ち切ることができた」と話し、感極まった。

 約2週間前の稽古中、左膝の内側じん帯を負傷。くしくも92年バルセロナ五輪直前に稔彦さんが痛めたのと同じ箇所だった。さらに不幸が追い打ちをかける。欠場の選択肢がちらつく中、思い出したのは父から掛けられた言葉。「覚悟があるなら出場して、優勝を目指す気持ちでやれ、と言われていた」。稽古ができなくてもランニングなどでコンディションを整え、執念でこの日の畳に立った。

 美しい一本背負い投げで世界を魅了した稔彦さんとはスタイルが異なる。1回戦は送り襟絞め、準決勝は大内刈りで一本勝ち。決勝は内股で技ありを奪った後、残り1分でポイントを奪い返されて延長戦に突入した。相手のうまさに苦しみながらも10分すぎ、肩車で2つ目の技ありを奪い合わせ技一本。「掛ける技が限られる中で、勝負するなら肩車しかないと思っていた」という技がさく裂した。

 最も大切にしているという父の教えは「気持ちの面」と言い切る。バルセロナ五輪で金メダルを獲得した不撓(ふとう)不屈の精神を受け継いだ古賀を、男子日本代表の井上康生監督も「ここがゴールではない。古賀先生もさらなる活躍を天国から見守っていると思う」と期待する。世界選手権、そしてパリ五輪へ。偉大な背中に少しだけ近づいた孝行息子が、世界へ羽ばたこうとしている。

 ◆古賀 玄暉(こが・げんき)1998年(平10)12月19日生まれ、神奈川県出身の22歳。3歳で古賀塾で柔道を開始。親元を離れて愛知・大成中高に進学し、中3、高1で個人戦全国制覇。17年4月に日体大に進学し、18年世界ジュニア選手権で優勝。今年4月から旭化成所属。1メートル70。右組み。段位は四段。得意技は足技。

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