「ONE TEAM」ラグビーW杯から1年…仏移籍の松島が見据える23年大会での「過去最高成績」

[ 2020年9月20日 06:30 ]

トゥールーズ戦に先発し、公式戦デビューを果たしたクレルモンの松島(共同)
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 列島を熱狂させた昨年のラグビーW杯日本大会開幕から、きょう20日で1年がたった。新型コロナウイルスの影響で今年の日本代表の試合が全て見送りとなる中、フランス1部クレルモンに移籍したFB松島幸太朗(27)だけが、日本のトッププレーヤーで唯一、23年W杯の開催国で戦いの場に身を置く。今、どんな思いでプレーを続けているのか。スポニチの書面取材に答えた。(取材・構成 阿部 令)

 孤軍奮闘。図らずも生まれた状況とはいえ、今や松島は日本ラグビー界に差す一筋の光だ。フランスでは9月に入って新規感染者数が1万人を超えた日もあり、日本よりも状況は悪い。だからこそ「試合だけではなく、練習が当たり前のようにできる環境に感謝したい」という。そして遠く離れた日本に向け「生活の一部だったラグビーのあり方が変わり、選手やスタッフも経験したことがない状況で来年の(トップリーグ)開幕を迎える。不安は大きいと思うが、無事に開幕することを期待したい」と思いを寄せた。

 オンライン活動や個別トレーニングを除けば、今年は全ての代表活動が見送られた。松島自身はシーズンが続くものの、他の選手が次に真剣勝負に臨むのは来年1月。「デメリットは高強度の試合ができず、試合感覚が失われること。丸1年も試合がないと、メンタルの維持も難しくなる」と危惧する一方で、選手にとってはコントロール外のことだからこそ「やる気スイッチを入れるのは、まだ先でもいいかもしれない」と説く。経験を積み、大舞台で強さを発揮してきた松島。心の持ちように関する助言は、全てのアスリートに響くものに違いない。

 6日のデビュー戦は負傷交代も、今後の活躍を予感させる16分間だった。「(公式戦の)実戦が半年ぶり、そして開幕戦から負けられない強豪との対戦で緊張したが、代表やスーパーラグビーで相手フィジカルに負けないベースをつくってきた。展開が早くボールを持っていても、相手の動きを見ていても面白かった」と振り返る。

 7月に渡仏後は連日の2部練習でウエートトレーニングもこなし、本人も驚きの体重5キロアップ。最大の特長と言える「切れやアジリティー(敏しょう性)に影響はなかった」のはもちろん、「他の選手と過ごす時間が長く、短期間で仲間と距離感を詰めることができた」ことが活躍の要因と自己分析する。そして今後に向け「フランス語のコミュニケーションは、まだ100%とは言えない。そこを埋めることができれば自分もチームも、もっと幅が広がると思う」。さらに成長の余地があると見立てた。

 試合開始は午後9時すぎで「過去にこんなに遅い開始はほとんど経験がなかった。試合に入るまでの流れに合わせるのが難しかった」というが、フランス独特のナイトゲーム文化に触れたことは、3年後のW杯へ貴重な経験となる。「イングランド、日本大会と出場し、目指さない理由は見当たらない」という3度目のW杯。フランスでプレーする最大の理由がそこにある。

 「個人としては日本だけでなく、クレルモンでの活躍を見たフランス人からも応援される存在になりたい。代表としては過去最高成績を残す。日本大会よりタフな大会になると思うが、一丸となって目標を達成したい」

 押しも押されもせぬ日本のエースは、確かな足取りで、まだ見ぬ高みへと歩を進めている。

 ≪森重隆会長、W杯再び招致も≫日本協会の森重隆会長はスポニチなどの取材に応じ、「W杯で子供たちがラグビーに興味を持ってくれたのが印象的。ラグビーの素晴らしさを体感してくれた」と振り返った。今年の代表活動は見送りとなったが、23年W杯は「目標はベスト4だと思う」と言及。27、31年の男子、25、29年の女子W杯については「スクールに通っている子供たちに夢を持たせたい。意識が違ってくる」と招致に乗り出す考えを示した。

 ◆松島 幸太朗(まつしま・こうたろう)1993年(平5)2月26日生まれ、南アフリカ出身、日本育ちの27歳。6歳でラグビーを始め、桐蔭学園高3年時に全国大会優勝。卒業後、南アのシャークス育成機関に2年在籍し、13年秋にサントリー入り。14年5月のフィリピン戦で代表初キャップを獲得。15、19年W杯代表。通算39キャップ。1メートル78、88キロ。ポジションは主にFB。

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