土性 2大会連続金へ苦しみ抜いて五輪切符獲得!18年左肩手術から復権

[ 2020年3月9日 05:30 ]

レスリング東京五輪代表決定プレーオフ・女子68キロ級   土性3―1森川 ( 2020年3月8日    東京都・味の素ナショナルトレーニングセンター )

<東京五輪代表決定プレーオフ>土性沙羅(左)と森川美和(C)JWF/Sachiko HOTAKA
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 昨年の世界選手権で五輪出場枠を獲得した2階級で行われ、女子68キロ級は16年リオデジャネイロ五輪金メダルの土性沙羅(25=東新住建)が全日本選手権覇者の森川美和(20=日体大)に3―1で勝ち、2大会連続の五輪出場を決めた。男子フリースタイル74キロ級は乙黒圭祐(23=自衛隊)が奥井真生(24=同)を5―2で破り、65キロ級の弟・拓斗(21=山梨学院大)に続いて初の五輪代表を決めた。

 苦しみ抜いて、やっと連覇への切符を手にした。土性は第1ピリオド(P)終盤に相手の消極的姿勢で1点を先取し、第2Pではカウンターからバックを取って2点を追加。勝負を決めると、セコンドに付いた所属先の先輩でリオ五輪金メダルの登坂絵莉(26)と57キロ級で代表入りを決めている川井梨紗子(25=ジャパンビバレッジ)に駆け寄り、涙を流して喜ぶ2人に破顔した。

 「本当に安心したというか…。世界選手権と全日本で負けて落ちるところまで落ちた。自分で獲ってきた枠を他の人に獲られるのは悔しかったから、結果にこだわって勝つことができました」
 リオ五輪から長い道のりだった。18年3月に左肩を手術。痛みで眠れない夜もあり、「レスリングに戻れるのかな」と不安を抱えながら長いリハビリ生活を送った。復帰後は思い描くレスリングとのギャップに苦しみ、昨年の世界選手権は5位で世界との差を痛感した。優勝すれば五輪代表が決まる全日本前には左膝を負傷。準決勝で森川に敗れ、3位決定戦は棄権した。

 敗戦後は約2週間、レスリングから完全に離れた。リフレッシュして「また頑張れる」という思いが芽生えた土性を支えたのが、激戦の50キロ級で五輪出場を逃した登坂だった。「試合がないのに道場に足を運んで、私が勝てるように練習を見てくれた」。試合前は相手の特徴を捉えたアドバイスをもらい、「自信を持って」と送り出された。「絵莉さんがいたからここまで来られた。恩返しできて良かった」と笑った。

 まだ左膝に痛みは残り、万全ではない。土性自身も「(状態は)リオの時を10とすると半分」という。それでも「ここまでやってきたからリオより気持ちは強い」とキッパリ。一度もブレることがなかった五輪連覇の夢を今夏、実現する。 (鳥原 有華)

 ◆土性 沙羅(どしょう・さら)1994年(平6)10月17日生まれ、三重県松阪市出身の25歳。鎌田中―至学館高―至学館大。吉田沙保里さんの父・栄勝氏が指導する一志ジュニアでレスリングを始める。世界選手権は13、15年が銅メダル、14年が銀メダル、17年が金メダル。16年リオデジャネイロ五輪は初出場で金メダルを獲得した。1メートル59。

 【土性の苦闘】

 ▽18年3月 W杯で左肩を脱臼。翌月に5時間に及ぶ手術を受ける。退院後も通院が続き、母・祐子さんが自宅に通って生活をサポートした。

 ▽18年12月 全日本選手権で復帰して優勝を飾ったが「タックルに怖くて入れない」状態が続く。左肩をかばって右肩にも痛みが出ていた。

 ▽19年9月 世界選手権の3回戦でリオ五輪以来の敗戦。3位決定戦も敗れる。「体重が2キロくらい足りない状態。手術前と比べて小さくなったねと言われる」

 ▽19年11月 左膝を負傷。12月の全日本選手権は痛み止めをのんで強行出場も準決勝で森川に敗れる。練習に完全復帰したのは今年2月中旬。

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