豪栄道「陥落で引退」聞いていた…母・真弓さん「豪太郎」への思い独白「15年間お疲れさま」

[ 2020年1月29日 09:30 ]

14年7月、大関昇進伝達式で豪栄道と笑顔を見せる母の真弓さん(左)
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 大関・豪栄道(33=境川部屋)の母・沢井真弓さん(64)がスポニチ本紙取材に思い出を語った。小学1年から相撲を始め、大阪から進学した埼玉栄で高校横綱。角界では全勝優勝も経験した大関の地位の重みから、「陥落したら引退」との決意を抱いてきたことも明かした。

 負け越しが決まった12日目の朝乃山戦を両国国技館で観戦しました。大阪から行くと言わない方がいいと思って翌日、伝えました。気持ちの中では決まっていたのでしょう。引退の連絡は(千秋楽翌日の)きのう電話で聞きました。「引退するわ」と。「えーっ、もう決めたん?」と聞くと「もう決まった」と。口数の少ない子です。気力、体力の限界だったのでしょうか。

 以前から大関を陥落したら、落ちるくらいならやめる、と話してました。でも負け越した後も出場してましたので、もしかしたら春場所も……と淡い期待を抱いていました。でもテレビ観戦した千秋楽、敗れて境川親方(注)が映ると、涙目になっておられたように見えた。落ちるくらいなら…という話を思い出しました。

 小1から相撲を始め、小4のわんぱく相撲で1回戦負けして自分の小ささ、細さを痛感したのか「食べたい」と言うようになりました。10キロ増量して翌年横綱に。埼玉栄へ進学することが決まった中3でも朝昼夕の後、寝る前にもう一度食事。わが家のエンゲル係数が跳ね上がりました。

 制服も作り直さないといけなくなって。元々中肉中背。食も太くはありません。おいしくない肉だと食が進まないようで。それが身になって今につながったのならうれしいです。豪太郎の相撲はもう見られませんが、親方になって豪太郎が教えた子を応援に、また相撲を見に行こうと思います。(談)

 (注)師匠の境川親方は千秋楽・阿武咲戦の審判長を務めた。

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