リーチ 終わった主将の旅…完敗も胸張る80分、証明した日本ラグビーの強さ

[ 2019年10月21日 06:00 ]

ラグビーW杯準々決勝   日本3―26南アフリカ ( 2019年10月20日    味スタ )

<日本・南アフリカ>ノーサイド、ピッチにしゃがみ込むリーチ(撮影・久冨木 修)
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 涙はなかった。うつむきもしなかった。敵を称え、仲間とは笑顔で抱擁した。バックスタンドのファンへお礼に行くと、愛娘のアミリア真依ちゃん(5)を抱きかかえ、一緒に記念撮影にも納まった。ニュージーランドで15年、日本で15年の節目の年に、リーチが3度目のW杯を戦い終えた。 日程&結果

 「このチームの主将として誇りに思っている。3年前、ジェイミーをはじめ、ワンチームをつくってきて、努力して、勝つために全てやった」

 15年前、来日当時は1メートル75で70キロちょっと。見た目はヒョロヒョロで、空港で迎えた札幌山の手高の佐藤幹夫監督を不安がらせた。朝練と居残り練習を繰り返し、寝る前にはバターを塗った食パン8枚を口に詰め込んだ。そんな体づくりの時期に手に入れたのは、後に東芝で同僚となる、元オールブラックスのスティーブン・ベイツの短パンだった。

 サイズは6Lで、もちろんぶかぶか。「こんなデカイの、誰がはくねんと」。目を丸くしたが、このサイズにぴったりくる体をつくれば、ニュージーランド代表になれる。目標は明確になった。1年ごとに体を強く大きくし、その過程で11年、15年とW杯を2度経験。いつしか6Lは「ぴちぴちではいている」サイズになった。

 今大会の日本代表メンバー31人のうち、過去最多の15人が外国出身選手。その是非を問う声が少なからずある中、ニュージーランド生まれだからではなく、努力したから強くなったことを実証し、準々決勝のピッチに立った。かつては里帰りのたびに「日本のラグビーをばかにされて悔しかった」という。今大会を通じて、証明したいと語っていた「僕たちが強いこと」。4強の壁は厚かったが、日本中を熱狂させる快進撃で強さを証明した。

 3月に恥骨の炎症を起こしたことで完全復調が遅れ、アイルランド戦で先発を外れ、サモア戦はゲーム主将を譲った。苦悩、葛藤しながら、「僕の中で勝つためには、キャプテンが最強でないと勝てない」との思いが、尽きることのないエネルギーとなった。ボールを持つたびに、スタンドから聞こえる「リーチ!」の歓声が、不屈の闘将を後押しした。開幕からちょうど1カ月、日本のラグビーシーンを大きく変えた。それはまぎれもない、勝利だった。

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