日本“8カ年計画”が結実 エディー前HCが種をまき ジョセフHCが水をやり

[ 2019年10月14日 07:30 ]

ラグビーW杯2019 1次リーグA組   日本28―21スコットランド ( 2019年10月13日    日産ス )

スコットランドに勝利し、姫野と抱き合うジョセフHC(撮影・吉田 剛)
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 8年の計が実った。日本ラグビー協会は「19年W杯ベスト8」を掲げ、未来の代表を育てる「ジュニア・ジャパン」を12年に立ち上げ。高校、大学、トップリーガーの3世代混合という異例の構成にしただけでなく、エディー・ジョーンズ前代表ヘッドコーチ(HC)が定期的に強化に携わる新しい試みをした。

 翌13年に遠征し、ニュージーランド、オーストラリアの強豪クラブの若手と対戦した。No・8姫野、SO松田は大学入学前の高3で選出。大学生だったWTB福岡、フランカー徳永、フッカー坂手を入れた5人が、19年W杯代表になった。

 坂手は「その大会が本当に成長につながった。トップリーガーもいて、練習がめちゃくちゃきつかった」と、6年前のことを鮮明に覚えている。

 ジョーンズ前HCは準備にこだわった。ウオーミングアップの質を高めろと、若手に厳しく求めた。時に声を荒らげるほど。体づくりも戦うための大切な準備の一つで、肉体強化の重要性を訴えた。社会人がお手本になった。

 当時のジュニア・ジャパンのHC、中大の遠藤哲HC(47)は「強化の専属トレーナーが同行し、世界と戦うためには、戦える体をつくることが必要だということを気付かされた」と意義を口にした。姫野を「世界で通用する体を持っていた。練習に挑む姿勢も素晴らしかった」と懐かしむ。世界と戦うためにはまず体から――。その考えはこの後、日本に広く浸透していった。

 ジュニア・ジャパンで人生が変わった選手もいる。「安定した企業でプレーできれば」と青写真を描いていた徳永は、社会人と接し、レベルが高い環境を求めた。分析能力にたけ、今の代表に不可欠な存在になっている。

 ジュニア・ジャパンが種まきなら、17年アジア選手権は水やりの場だった。主力が不在で、ジョセフHCは若手中心で代表を編成した。初戦の韓国戦。勝利後のロッカールームで、指揮官はメンバーを厳しく叱責(しっせき)した。

 「おまえらは日本代表の重みを分かっていない」と。初代表で初主将を務めたSH流は「同じことを思った。代表は軽くない。もろさや甘さが出た」と反省を今も心に刻む。

 この大会には「ジュニア・ジャパン」出身の坂手、徳永、松田に加え、流、CTB中村、SH茂野、FB山中が招集された。雷を落とされた“ジョセフ・チルドレン”は、今の代表の中核に成長。協会と、ヘッドコーチ2代続けての心身育成策が19年に花開き、初の8強につながった。

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