ジャパンの足元を支える!79歳ラガーマン社長の「復興芝生」

[ 2019年7月23日 10:00 ]

ラグビーW杯日本大会9・20開幕

「復興芝生」を手がける大坪さん
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 【W杯への鼓動】9月20日開幕のラグビーW杯で、日本戦を含む4試合を行う愛知県豊田市の豊田スタジアムには、2011年3月11日の東日本大震災で津波被害を受けた宮城県山元町の農地で育てられた芝生が敷かれている。その名も「復興芝生」。生みの親は、ラガーマン社長の大坪征一さん(79)。岩手県・釜石鵜住居復興スタジアムに続く、被災地とW杯をつなげるストーリーに迫った。 

 79歳のラガーマンの思いを乗せて、ロール状になった芝が次々とトラックに運び込まれた。行き先は、W杯会場の豊田スタジアム。6月17日から5日間かけて、搬送作業が行われた。東日本復興芝生生産事業の大坪社長は達成感に包まれた。

 「W杯会場にこの芝が入る。それが夢だった。芝生を植え始めたときは、こうなるとは思いもしなかった」

 仙台市から南へ約40キロの位置にある宮城県山元町の海岸近くの平地には、今後、各地に納入予定の芝生が青々と残っていた。この辺りは8年前まで、名産のいちごを育てるハウス畑が広がっていた。しかし、11年3月11日の東日本大震災で風景が一変した。震災翌日、自宅がある仙台市から自動車で生まれ育った山元町に戻った大坪さんは、変わり果てた故郷を見てがく然とした。

 「ブルドーザーのように、津波が何もかもをのみ込んだ」

 農地の多くが海水につかった。周辺農家は高齢者が多い。借金をして整備するのは難しいと感じた。ならば。

 「俺の力でよみがえらせたい。そう思った」

 試しに芝の種をまくと、芽が出た。「芝は塩害の影響が薄い」。仙台高―日大―日産でプレーしたSO。70年代後半に郷土に戻り、スポーツ施設関連事業などを手掛けた。起業はお任せだった。行政の支援でまとまった土地を借りた。地震から2年後の13年、津波に遭った農地で芝生を育てる「東日本復興芝生生産事業」を始めた。

 新たな特産物と、地域に雇用を生むという情熱が体を動かした。軌道に乗るまで、私財を投じた。商標登録した「復興芝生」は徐々に広まり、現在は15ヘクタールの広い農地を12人で見る。全員60歳以上。「風で翌日の天気が分かる」という農業のプロ集団が育てている。

 一方、豊田スタジアム側は土壌に着目していた。海岸近くで育てられる「復興芝生」は砂床。水はけと通気性の良さが特徴で、砂質のスタジアムに合い、根付きやすい。張り替え時に継ぎ目が少ない、広い土地での栽培も魅力だった。従来は、九州産。土床で育てられた芝を使っていた。

 豊田スタジアムの田井中修ヘッド・グラウンドキーパー(52)は「被災地だから採用したのではありません。あくまで、選手がいいパフォーマンスをするために考えた結果」と、求める水準をクリアしたからだと説明した。昨夏、試験導入し、選手にも好評だ。

 日本代表のSH茂野海人(28)と、フランカー/No・8姫野和樹(24=ともにトヨタ自動車)は、昨年9月1日に、トップリーグで経験した。茂野は「滑りにくいし、プレーをして苦になることがない芝」と称えた。姫野は賛辞の後、ある使命感を口にした。

 「復興し切れていないところがあるのが、被災地の現状だと思う。それを忘れてはいけない。被災地の芝生でW杯を戦う。そこを意識してやりたい」

 今もクラブチームで楕円(だえん)球を追う大坪さんの復興への情熱が詰まった芝生で、10月5日、ジャパンはサモアと戦う。1次リーグ3戦目。初の決勝トーナメント進出のためにも、日本を活気付けるためにも、絶対に負けられない一戦になる。

 ≪東京五輪でも使用≫「復興芝生」は東京五輪でも使われる。サッカー会場となる宮城スタジアム(宮城県利府町)は今月から改修工事に入り、芝生も張り替えられる。仙台市はW杯開催都市に立候補したものの、落選。大坪さんは悔しい思いをしていただけに、地元で行われる大きなイベントにも採用されたことに大きな喜びを感じている。

 ≪張り替えは年2回≫豊田スタジアムは年に2回、夏と冬に芝を張り替えている。W杯で使う「復興芝生」は夏芝で、品種は高麗芝。種を宮城県に持ち込んで復興農地で育て、張り替え時に再び豊田に運んでいる。こうした天然芝の競技場のほかに、決勝戦が行われる日産スタジアムのように、ハイブリッド芝の会場もある。これは、地中に植えた人工繊維の補強材に、天然芝の根を絡ませることで耐久性を上げたもの。15年イングランド大会で注目を集めた。

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