「弱さ」こそ沙保里の魅力 うれしい時は笑い悲しい時は泣いた だから愛された

[ 2019年1月9日 08:30 ]

“霊長類最強女子”吉田沙保里引退

ロンドン五輪で3連覇を達成し、父・栄勝コーチ(上)を肩車する吉田沙保里
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 レスリング界の太陽であり続けた吉田の引退は、日本スポーツ界の一つの時代の終わりでもある。08年北京、12年ロンドン両五輪時の担当で、約10年間にわたって取材を続けた一般スポーツ部の首藤昌史デスクが、人間・吉田の魅力をつづった。

 2008年1月19日、吉田は外国人選手に初めて黒星を喫した。中国で行われた国別団体戦W杯で、米国選手にタックルを返されていた。負けたという事実はもちろんだが、会場でも、帰国した空港でも泣き崩れ、憔悴(しょうすい)しきった姿が印象的だった。

 その3月、吉田は韓国・済州島で行われたアジア選手権のマットにいた。すでに北京五輪出場を決めており、出場する必要のない大会。当然のように優勝したのだが、大会終了後「胃が痛くて、もどしそうだった」と心情を吐露した。「試合も、タックルに入るのも怖かったんです」と続けた。

 14年3月11日、吉田の父・栄勝さんが亡くなった。自宅前に詰めかけた報道陣に、自宅内の道場に安置されていた遺体と対面する機会を与えてくれたのは、栄和人前至学館大レスリング部監督だっただろうか。3歳の少女のように、ペタリと座り込んで泣きじゃくる吉田に、声を掛けることすらできなかった。立ち上がって、再び外へ出ようとした瞬間、吉田は「ありがとうございました」と震える声を振り絞った。

 「霊長類最強女子」と呼ばれた吉田の最大の魅力は、強さではなく、実は弱さにあったと、私は思う。

 経験則に照らし合わせれば、世界で頂点を極めた人は、自分というイメージを守るために、プライドで「壁」をつくろうとする。だが、吉田は違った。人間としての弱さを包み隠さず、不安げな表情は迷子になった少女のようだった。うれしい時は花が咲いたかのように笑い、悲しい時はこの世の終わりかのように泣いた。そして、全てを乗り越え、勝っていった。だから、みんなに愛された。

 今はただ「お疲れさま」と言いたい。そして、人間・吉田沙保里の魅力を持ってすれば、タックルなんてなくても勝利は続くよ、と伝えてあげたい。

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