東洋大、逆転で往路連覇 相沢 1分半以上短縮の“スーパー区間新” 

[ 2019年1月3日 05:30 ]

第95回箱根駅伝往路 ( 2019年1月2日 )

田中(右)にたすきを渡す相沢(撮影・島崎忠彦)
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 東洋大が5時間26分31秒で2年連続7度目の往路優勝を決めた。昨年の5時間28分29秒を1分58秒更新する2大会連続の往路新記録。一時は青学大に逆転されたが、4区(20・9キロ)の相沢晃(3年)が区間新記録の激走で抜き返して首位に立った。1区(21・3キロ)で西山和弥(2年)が2年連続区間賞を出し、勢いづいた。きょう3日の復路は7区(21・3キロ)に小笹椋主将を配置。5年ぶり5度目の王座奪回に向け“1秒を削り出す”戦いを体現する。

 今季のテーマ「鉄紺の真価でくつがえせ」は4区に凝縮されていた。1位青学大と8秒差の2位でたすきを受け取った相沢は「自分で追いついて、自分が(前に)行きます」と酒井監督に宣言して猛追。青学大3区の森田歩希(4年)の区間新記録に負けじと区間新記録を叩き出した。昨年、神奈川大の大塚倭が記録した1時間2分21秒を1分27秒更新する1時間54秒は、区間2位より1分半以上も速い圧巻の走り。「(森田が)区間新で来るとは思わなかったが、宣言通りに積極的に行けた」。

 8秒差は全く気にならなかった。「自分のところで差を付けて5区につなげる」。その一心でひた走った。2キロ手前で青学大を捉え、3キロすぎにはトップに浮上。フレッシュグリーンは遠くにかすみ、「100点以上の走りができた」と胸を張った。

 往路Vの殊勲者だが、悩みながら箱根駅伝を迎えていた。11月末に左足首を故障した影響が長引き、痛みがなくなったのは昨年のクリスマス。そんな状態でエントリーされ、箱根を走っていいのか自問自答したという。周囲に「楽な区間を走りたい」とこぼすこともあった。見かねた谷川コーチからの「そういうことでは強くならない」というアドバイスで目が覚めた。「上級生として走らなきゃいけない」。回復の兆しが見えると徐々に気持ちも晴れた。

 今季の大学駅伝は出雲駅伝2位、全日本大学駅伝は3位と“右肩下がり”。何としてもV字回復につなげたかった。起爆剤にはOBの金言もあった。設楽悠太(27=ホンダ)は福岡国際マラソン前に「故障していても、自分がやると言ったらできるようになる」など選手に熱いメッセージを伝えていたという。酒井監督も「力のある選手は箱根が近づくと力がグンと上がるんですよ」と驚きを隠せなかった。

 2位東海大に1分14秒、青学大には5分30秒差をつけた。青学大を倒す筆頭と目されながらも往路優勝した前回は36秒のリードも、復路で失速した。復路では11年にも早大に逆転を許している。ただ、二の舞いを演じるつもりはない。「昨年の往路優勝はたまたま走れた。今回は狙ったレースができた。復路のメンバーも同じ気持ちで臨んでほしい」と語る酒井監督の期待に選手は応えるか。きょう3日の大手町で本当の「鉄紺の真価」が見られる。

 ◆相沢 晃(あいざわ・あきら)1997年(平9)7月18日生まれ、福島県須賀川市出身の21歳。陸上は小学3年から始め、中学3年間は野球もプレーした。18年全日本大学駅伝ではアンカー8区で区間賞を獲得。試合前には活躍する自分をイメージしてリラックスしている。自己ベストは5000メートル13分40秒98、1万メートル28分17秒81。1メートル78、62キロ。

 《西山「憧れの存在に並べたのはうれしい」》 1区の西山が2011、12年の早大・大迫傑(26=ナイキ)以来となる1、2年連続区間賞を獲得し、チームのスタートダッシュに成功。大一番で今季の不振を払しょくし「憧れの存在の大迫さんに並べたのはうれしい」と破顔した。

 今季は出雲駅伝で区間6位、全日本大学駅伝は14位と不発が続いた。「本当に申し訳ないレースだった」。納得のいく走りができず、人と接するのも嫌になったが、母からの「人に迷惑をかけない、感謝を忘れないように」という一言でもう一度やってみようと切り替わった。酒井監督も「本来の力を発揮すれば十分にチャンスはあると思っていた」と潜在能力を認める逸材。西山は「プラン通りの走りで勢いを付けられた」と胸を張った。

 《西山と同学年2人も奮闘》 西山の区間賞に同じ2年生の2人も発奮した。3区の吉川は青学大エースの森田に抜かれたが僅差に踏みとどまり「苦しかったが自分にプラスになったと思う」と前を向いた。酒井監督は「よく仕事をしてくれた」と奮闘を称えた。2年連続で山上り5区を任された田中は前回の経験を生かして堅実に区間8位。「去年よりもいいタイムで走り、自信を持ってゴールテープを切れた」と話した。

 《エース山本「最低限の仕事できた」》 2年ぶりに2区を任されたエース山本は区間4位にも「日本人トップは獲れなかったが最低限の仕事ができた」と満足げだった。兄2人も東洋大OBという「山本3兄弟最後の箱根」として意気込んでレースに臨んでいた。有終Vまで残り5区間。「頼もしい後輩たちが居るので安心して卒業できそう。1秒を削り出せるようなサポートをしたい」と裏方での活躍も誓った。

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