×

「釣りキチ」誕生50年 三平探訪 広がる“矢口ワールド” キラリ黄褐色ヤマメ

[ 2023年9月23日 07:15 ]

矢口高雄氏と「釣りキチ三平」の三平少年のホームグラウンド、狙半内川
Photo By スポニチ

 【「釣りキチ」誕生50年 三平探訪】故矢口高雄氏の釣り漫画「釣りキチ三平」が連載開始50年を迎えた。釣りの面白さ、自然と人間の共生など描かれたテーマは今も色あせない。スポニチ釣り面では、作品で描かれた釣り場に行くルポ連載をスタートする。初回は矢口氏と三平のホームグラウンド、秋田県横手市の狙半内(さるはんない)川を訪れた。(岩田 浩史)

 狙半内川は、秋田県の南半分を流れる雄物川水系の小さな川。雄物川の支流である皆瀬川のそのまた支流、成瀬川に注ぐ渓流だ。親族によると、矢口氏は「この川でイワナやヤマメ、ウグイ、アブラハヤ、カジカなどを釣って育った。縫い針を加工した手製の釣り針を使い、遊びの中で覚えていった」という。県内各地に赴任した銀行員時代も、帰省するとカジカ突きを楽しんだ「ホームグラウンド」と言うべき川。まさに「釣りキチ三平」の原点だ。

 釣りの前に川沿いに点在する集落の一つ、中村地区の生家跡に立ち寄り「釣りを教えてくれて、ありがとうございました」と手を合わせた。2020年11月、81歳で死去。生前「三平は僕の分身」と語っていた矢口氏。今はない家屋のたたずまいも、漫画に描かれた三平の家に似ていたと聞く。舗装された家の前の2車線の道路も、矢口氏の次女によると「砂利の道だった記憶がある」というから、連載当時は三平の家そのものだったかもしれない。辺りにかやぶき屋根こそ消えたものの、目の前を流れる川、迫りくる山々の雰囲気に“三平の里”の面影が感じられた。

 今回の釣行のガイドを務めてくれたのは、成瀬川漁協の高橋清一理事長(75)。「今朝までの雨で川が濁ってる。少し上流に行きましょう」と、軽トラックでポイントを探ってくれた。川沿いを上り、林道の急坂を走り、さらに上流へ。たどり着いたのは小さな神社。木の葉の隙間に滝が見えた。いかにも魚がいそうだ。

 「まさに三平の世界。ウヒョ~ッ!」と色めき立ったが、え?ここ下りて釣るの!?川面まで、ほぼ崖の斜面が7~8メートル続く。土に根を張るツタや低木を握り締め、足場を探しながら恐る恐る下りていく。高橋氏の助けで何とか滝前に立つことができた。

 「矢口先生と三平もここで釣りをしたかも」。そんな感傷を大量の小バエや蚊が一瞬で吹き飛ばす。耳元で立つ羽音、まばたきの際まつげに絡みつく黒い影…。「自然を手放しで称えるのは都会に住む者の感傷だよ」。そんな矢口氏の言葉が聞こえてきた気がした。

 ブドウ虫を2匹チョン掛けし、ポイントに打ち込もうとして気付いた。目前に広がる木々の葉が竿を簡単に振らせてくれない。手首を肩より上げれば竿先がぶつかる。右腕をゆっくり左にひねり、右に振って滝つぼを狙う。

 打ち込んで流し、打ち込んで流しを5回ほど繰り返すと、竿先にプルプルと震えを感じた。アタリだ!釣り上げれば12センチほどのヤマメ。三平なら「ク~ッ、メダカ」と目を×印にする大きさだが、緑がかった黄褐色の輝く魚体、鮮やかなパーマークに見とれてしまう。高橋氏によると「今年放流したもの」。魚影の濃さは漁協の管理あってのものだ。その姿を目に焼き付け川に戻した。

 次の釣り場は、やや下流の堰堤(えんてい)。こちらは先程の滝に比べれば踏み入りやすいポイントだったが、木々を避けて竿を振るのは難しかった。それでも早々にアブラハヤをゲット。ちなみに、いわゆる外道のためか「三平」に登場した記憶はないが、矢口氏も慣れ親しんだ魚のはずだ。

 高橋氏によると「ここにはイワナもいる」という。イワナといえば“渓流の女王”ヤマメとともに最も釣りたい“渓流の王者”。だが、こちらは腕の問題か釣れなかった。結局この日は約2時間でヤマメ1匹、アブラハヤ3匹で納竿した。

 美しい渓相の狙半内川だが「三平」の時代のままではない。矢口氏の妻勝美さんは「コンクリートで固められた所も多く、川の感じはかなり変わった」という。また、高橋氏によるとアブラハヤは「今やこの川では貴重な魚種」。ヤマメやイワナは豊富な一方で、ウグイなどを含むハヤ類が減少しているという。「昔は産卵のためにウグイが川底に群れて真っ黒になっているのをよく見ましたが、今はほとんど見ない」という。原因は不明。川に何かが起きているのは確かだ。

 「昭和版三平」は1983年(昭58)に終了。環境汚染や河川環境の変化で釣り場が遠のき、魚が減りゆく現状を指摘した上で、三平が「もっと魚を釣りたい!」と釣り人の願いを代弁して幕を閉じた。令和の釣り人の願いも同じ。克服すべき問題も、その頃と変わっていない。

 ▼釣りキチ三平 週刊少年マガジン(講談社)で1973年(昭48)連載開始。日本の渓流や湖沼、海だけでなくハワイのブルーマーリンなどあらゆる魚に挑戦。幻の魚や怪魚も登場するが、普通の魚の写実的な釣り描写から当時の少年たちに釣りブームを起こす。アニメ化され、イタリアでも人気。2001~10年「平成版」を発表。

続きを表示

この記事のフォト

バックナンバー

もっと見る