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金子達仁氏 世界の勢力図 大きく変わる大会に

[ 2022年12月12日 05:05 ]

FIFAワールドカップカタール大会

W杯カタール大会4強が出そろう。左上がクロアチア、右上はアルゼンチン、左下がモロッコ、右下がフランスの各代表イレブン(AP)
Photo By AP

 【金子達仁 W杯戦記】決戦に臨むにあたり、先制点が欲しくないサッカー選手はいない。というより、いかにして先制点を奪うか、あるいは奪われないかが、意識の大半を占めるのではないだろうか。

 それぐらい、サッカーにおける先制点の意味は重い。

 だが、稀(まれ)に、ごくごく稀に、奪った先制点が毒として奪った側を蝕(むしば)んでしまうことがある。この日のフランスがそうだった。

 若いフランスの選手たちに、40年前、開始27秒でブライアン・ロブソンにボレーをたたき込まれた記憶があるはずがない。過去、W杯でイングランドに勝ったことがないという歴史も、世界王座に2度輝いた彼らにとってはほぼ無関係だろう。

 にもかかわらず、先制点を奪ってからのフランスは、順調だった試合の流れを自ら手放してしまった。イングランドに何かやられたというよりは、自分たちでできていたことをやめてしまった。

 フランスにとって、イングランドはこの大会で最初に対戦する強敵、危険な相手だった。やられることをあまり気にせず攻め込めた、あるいはやられたとしてもやりかえせると踏んでいた相手ではなく、やられたら危険な相手だった。

 あれほどのタレントを揃(そろ)えたフランスであっても、そんな相手と戦う時は普通ではいられない、ということなのだろう。

 だが、ケーンのPK失敗もあり、フランスは苦しい試合を乗り越えた。普通ならば、「これで連覇が見えてきた」といいたいところだが、次の相手はモロッコ。イングランドと対峙(たいじ)するのとはほとんど真逆の意味で、気持ちをコントロールするのが難しい試合になる。

 両国にとって直近の対決は15年前、サンドニで行われた親善試合だった。結果は2―2の引き分け。たまたま現地で観戦したが、猛烈な寒さの中、異様に盛り上がるモロッコ人の姿が印象に残っている。支配した者とされた者の対決。より闘争本能が燃え上がるのは、もちろん、後者だ。

 ここまで来たら、決勝の顔ぶれがどんなものになっても驚かない。純粋に戦力だけをみれば、アルゼンチン対フランスの決勝と見るべきなのだろうが、クロアチア対モロッコの決勝になることだって十分にありえる。いずれにせよ、今大会を境に世界の勢力図には大きな変動が生じるはずだ。

 これまで、わたしにとってのアフリカと言えば、カメルーンやガーナといった国々だった。つまり、ブラック・アフリカ。彼らの運動能力こそが、魅力の根源だった。ゆえに、いわゆるホワイト・アフリカへの関心は薄かった。

 だが、モロッコがアフリカ勢として初のW杯ベスト4に入ったことで、状況は変わった。彼らは、アフリカでありアラブでもある。いわゆるアウトサイダーの躍進に力ももらった日本のファン、選手もいるだろうが、それ以上に、アジアのアラブ諸国の意識が変わる。

 ここ四半世紀、日本と戦うアラブの国々は、そのほとんどが極端な守備偏重スタイルで向かってきた。内容や実力で凌駕(りょうが)することをハナから諦め、ガッチリ守ってあとは神頼みというサッカーだった。

 これからは、たぶん、違う。

 アラブの国々は、いままでほどには日本を恐れなくなる。同じ民族がW杯で躍進したことで、むやみに脅(おび)える理由がなくなった。

 彼らが強くなれば、予選の強度はあがる。出場枠が拡大したことで、レベルの低下を嘆く声もあるが、そうした声を打ち消すだけの効果を、モロッコの躍進は産み出すはずである。(スポーツライター)

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2022年12月12日のニュース