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川淵三郎氏追悼 強い日本サッカーへ「オシムイズムをもう一度思い起こす時」

[ 2022年5月3日 05:30 ]

イビチャ・オシム氏を悼む

06年、日本代表監督就任会見で川淵三郎氏(左)と握手を交わすオシム監督
Photo By スポニチ

 オシム氏の死去を受けて日本サッカー協会相談役の川淵三郎氏(85)が2日、追悼コメントを発表した。

 初対面は58年前。日本代表として出場した64年東京五輪でユーゴスラビアと対戦。2得点を挙げ母国を6―1の快勝に導いたオシム氏とピッチ上で戦った。川淵氏は「ユーゴスラビアに長身で非常にうまいセンターFWがいたのを印象深く覚えていて、後になってオシムさんだと知った。42年後に日本代表を指揮したということは縁があったのかと思う」と感慨深げに語った。

 06年、協会会長としてオシム氏を日本代表監督に招へいした。ただ内定前に行われたW杯ドイツ大会総括会見で、退任するジーコ監督の後任人事に触れて「オシム」と口を滑らせ騒動になった。

 川淵氏は「失言で代表監督を引き受けてくれなくなるかもしれないと心配したが、オシムさんは“会長がそんなことでいちいち謝ることはない”ととがめもせず、引き受けてくれた。常に僕の立場をおもんぱかってくれる人だった」と内幕を明かした。

 オシム氏は代表監督就任から1年4カ月後の07年11月、脳梗塞で倒れた。緊急会見で「命を取り留めてほしい」と涙ながらに語った川淵氏は「本当にショックで毎日祈るような気持ちだった」と振り返る。

 回復したオシム氏と面会した日もよく覚えている。「第一声は“こんなに(リハビリで)痛めつけられて、ありがとうと言わなきゃいけないのは承服できない”。いたずらっぽい笑顔が忘れられない」とユーモアあふれるオシム氏らしいエピソードを披露した。

 オシム氏が日本で指揮を執ったのは千葉と日本代表の5年間。「考えて走るサッカー」は多くの選手や指導者に影響を与えた。川淵氏は「献身的なプレーをする選手を重用し、含蓄ある言葉でチームに大切なことを教えてくれた」と功績を称え「各クラブはオシムイズムをもう一度思い起こす時ではないか。オシムさんの教えをもう一度思い出し、強い日本サッカーをつくってほしい」とオシムイズムへの回帰を訴えた。

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2022年5月3日のニュース